2019年にダブリンから登場したポスト・パンク5人組……といえばもちろんマーダー・キャピタルだ。
野蛮にして巧緻、進化と深化を共に鳴らしたサード・アルバム『Blindness』は何を見つめている?

 フォンテインズD.C.がファースト・アルバム『Dogrel』を発表した2019年に彼らと同じくアイルランドのダブリンから登場、ジョイ・ディヴィジョンやアイスエイジを彷彿とさせる不穏なポスト・パンク・サウンド、親友の自死や低所得層を無視した都市の再開発など暗い現実への憤怒や絶望を映した歌詞で、注目を集めたのがマーダー・キャピタルだ。彼らの初来日公演が、今年3月17日に東京・代官山SPACE ODDにて開催。絶妙なタイミングでサード・アルバム『Blindness』が到着した。

THE MURDER CAPITAL 『Blindness』 Human Season(2025)

 もともと2017年に、ジェイムズ・マクガヴァン(ヴォーカル)、ダミアン・トゥイット(ギター)、カハル・ローパー(ギター)、ガブリエル・パスカル・ブレイク(ベース)、ディアルムド・ブレナン(ドラムス)の5人で結成。2018年に自主レーベルのヒューマン・シーズンを設立し、2019年にファースト・アルバム『When I Have Fears』、2023年にセカンド・アルバム『Gigi’s Recovery』を発表した。共に高評価を受けたが、注目すべきは本国アイルランド・チャートで初作は2位、2作目はなんと1位を記録と、商業的にも成功しているところだろう。

 『When I Have Fears』はフラッドによるプロデュースだったが、『Gigi's Recovery』ではジョン・コングルトンを召喚。当時のインタヴューでダミアンが〈ポスト・パンクのレッテルにうんざり〉と語っていた通り、まろやかな音像、打ち込みのビートやトリップ・ホップ的な演奏を取り入れた『Gigi’s Recovery』は、バンドの新しい側面を提示していた。

 そして2年ぶりに届いたサード・アルバム『Blindness』は引き続きジョン・コングルトンのプロデュース。今回、彼はバンドに「デモを作り込まないよう」指示したという。完成形を抱かないままスタジオに入ることで、アレンジや音作りがその場の自由な直観に委ねられた。その結果、楽曲自体に導かれるように制作は進み、「曲の持つ感覚に針を落とすような音楽になった」とジェイムズは語る。

 ささくれ立ったノイズが猛威を揮う“Moonshot”、ダウナーなブルース“Words Lost Meaning”、ジョン・マッギオークばりのフリーキーなギター・サウンドを鳴らす“Can’t Pretend To Know”、ソングライティングの良さが光るギター・ポップ調の“Distant Life”など、楽曲の幅はさらに広がった。1作目のブルータルさを取り戻しながらも、サイケデリックな奥行きや音数の面でメリハリを効かせたアレンジが、かつてないほど深い陰影を作品にもたらしている。

 現在メンバー中3人がイングランド、さらにドイツと母国を離れて暮らしているそうだが、むしろアイルランドについての視座は強まっていることも興味深い。2023年に亡くなった母国の象徴的な音楽家、シェイン・マガウアンの葬儀に参列したことで生まれたメランコリックなパンク“Death Of A Giant”はその象徴と言える。また、同年に起きた外国人への差別感情に基づくダブリンでの暴動を背景に愛国心の危険性に想いを馳せるバラード“Love Of Country”は、いま多くの国においてリアルに響くはずだ。

 ジェイムズは、バンドの音楽を通じて失われたコミュニティーを回復させたいと語っている。世界を変える、なんて言うと青臭く聞こえるが、当初からダブリンの現在を見つめ、問題提起を発してきた彼らならではの、地に足の着いた理想主義が『Blindness』には貫かれている。〈一瞬たりとも見逃せないほどエキサイティング〉と評されるライヴも楽しみすぎるが、まずはこの新作を聴いて、マーダー・キャピタルの本気に触れてほしい。

マーダー・キャピタルの2019年作『When I Have Fears』、2023年作『Gigi’s Recovery』(共にHuman Season)