
レッド・ツェッペリンの7作目のスタジオアルバム『Presence』がリリースされたのは1976年3月31日。バンド後期の名盤として知られる本作が発表から50周年を迎えた。今回はこれを記念し、『Presence』が〈ツェッペリンでいちばん聴いたアルバム〉だというトリプルファイヤーのギタリスト鳥居真道に本作の真価について綴ってもらった。 *Mikiki編集部
レッチリやレイジ、ZAZEN BOYSらに影響を及ぼした名盤
レッド・ツェッペリンの代表作といえば、“Black Dog”に“Rock And Roll”、そして“Stairway To Heaven”が収録された『Led Zeppelin IV』だと相場が決まっている。しかし、すこし昔話をさせてもらうと、私がロックを聴き始めた中学生の頃、音楽メディアでは『Presence』を推す声が強かったように記憶している。2000年代前半の話だ。レッド・ホット・チリ・ペッパーズやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ニルヴァーナ、サウンドガーデン、ジーザス・リザードのような90年代のロックバンドのオリジンとして、硬質でタイトな『Presence』の評価が高まっていたのではないかと考えられる。
『Presence』は、ストリングスもマンドリンもクラビネットも使われておらず、ほぼエレキギター、ベース、ドラムの演奏だけで構成されたアルバムで、ロックバンド然とした佇まいをしている。ZAZEN BOYSは結成当初に〈法被を着たレッド・ツェッペリン〉を自称していたが、ジャキッとしたギターのトーンと変則的なファンクのリズム、そして厳ついバンドのアンサブルは、とりわけ『Presence』に通じる部分が多いように思う。
世界一のロックバンドに上り詰めた4人がわずか18日で制作
1970年代、ビートルズなき世界でヘゲモニーを握ったロックバンドはレッド・ツェッペリンである。1969年のデビューから名作を世に放ち続け、6作目の『Physical Graffiti』を1975年にリリースした頃には、アルバムの売上やライブの動員においても、批評家からの評価においても、〈世界一のロックバンド〉の称号を恣にしていたといえる。『Presence』が制作されたのは彼らが栄華を極めた頃だった。
1975年8月、アメリカツアーを前にして、ロバート・プラントがギリシャで休暇中に家族を乗せた車で交通事故を起こして首と足を骨折したためツアーは中止となった。レコーディングが開始したのは11月。プラントはまだギブスをしていたという。1日平均14時間近く作業を続け、18日で完成させたという気合の入った作品である。
ハードロックから逸脱した猪突猛進の大作“Achilles Last Stand”
『Presence』でもっとも人気が高いのは、冒頭の“Achilles Last Stand”だ。ライブでの定番曲でもある。10分31秒にわたり、ジミー・ペイジとジョン・ボーナムが鬼気迫る演奏を繰り広げる大作だ。大作といえども、凝った構成で緩急をつけるのではなく、頭からお尻まで息をつく暇を与えない猪突猛進型の大作だ。ペイジのプレイはまさに〈汲めども尽きぬリフの泉〉状態で、発想の豊かさに驚きを禁じ得ない。
ときにトーキング・ヘッズ『More Songs About Buildings And Food』収録の“I’m Not In Love”に対して“Achilles Last Stand”に通ずるバイブを感じている。ジャキジャキとしたギターの重ね方がジミー・ペイジのアプローチに近いと言えるだろう。この類似は『Presence』が、いわゆる〈ハードロック〉から逸脱する特異なアルバムであることを示す傍証になるのではないかと思う。
