
明暗が同居するアルバム
――“エンドロール”みたいにヌケがよくてメロディーがくっきり見える曲と、ノイズの向こうからメロディーが立ち昇ってくる曲と、両方あるなと思っていたんですけれど。
「ノイズの向こうからっていうのは、“黙示録”っていう曲が象徴的だと思うんです。あの曲は私がひとりでアレンジをしたんですけど、歌詞が聞こえづらいのは、あそこまでプライベートな歌詞を加工せずに出す勇気が、作った当時はまだなかったからですね。
でも一方で、さっき話した編曲の鈴木将太さんの介入によって、思いっきり明るい方向に開けたみたいな曲もあって」
――将太さんとはどうやってやりたいことを共有したんですか?
「最初は“コミュニケーション”っていう曲に近い、リバーブマシマシのちょっとサイケでプライベートな感じの音源を集めたプレイリストを作って、共有したんです。けど、将太さんのアレンジは全然そういう感じではなくて。もっとからっと明るい感じだったんです」
――音源のやりとりはどのように?
「交換日記みたいな感じでやっていました。将太さんがアレンジして、投げたのに私がまた重ねてみたいな」
――例えば“エンドロール”みたいな曲で全部まとめるとかっていうのは、やろうと思えばできるんですか? それともあんまりそこに興味はないというか、あえてしていないのか。
「そうですね、全て“エンドロール”みたいな開けた感じというか、明るい雰囲気だけだと伝えきれないものがある気がしていて。陰りがある部分もあって、アルバムの中で明暗の両方が存在するほうがいいと思っています」
ジョン・フルシアンテとデヴィッド・ボウイの歌心
――そうですね。それがこのアルバムの面白いところというか、陰と陽が交っているんですよね。
「例えば、1曲目(“コミュニケーション”)は私ひとりで仕上げた曲なんですけど、あれはジョン・フルシアンテのファースト(『Niandra Lades And Usually Just A T-Shirt』)にかなり影響を受けていて、すごくパーソナルでどんどん自分の内側に入っていくような、それこそ陰のあるものを作ろうとしていたんです」
――フルシアンテのソロのどういうところに惹かれますか?
「彼の感じていることがあらわになっているところです。あのパーソナルな感じに惹かれますね。単純に彼の作るメロディーが好きというのもあるし。今回、ソロでアルバム一枚作りたいって思ったのは、彼のファーストがあったからなんです」
――ファーストはやっぱり特別?
「特別ですね。基本はアコギと歌で作られていて、めちゃめちゃ暗い。あれも宅録だと思うんですけれど、レッチリで商業的な成功も経験した人が、自分の心の発露のためにやっている音楽というか。私もそれと同じことをしたいと思ったんです。めちゃめちゃパーソナルな作品を私も作りたいと思った」
――資料にグラムロックっていうキーワードがあったんですけれど、昔から好きではあった?
「そうですね。デヴィッド・ボウイとかを結構よく聴いていて。曲のコード進行などはかなりボウイの影響を受けていると思います。特にこのアルバムに関しては『ジギー・スターダスト(The Rise And Fall Of Ziggy Stardust And The Spiders From Mars)』の感じかな。『スケアリー・モンスターズ(Scary Monsters (And Super Creeps))』とかの頃の感じも大好きですし。ボウイとジョン(・フルシアンテ)はジャンル的には遠いですが、あまり違いを意識せず、同じ重みを持ったものとして聴いていますね」
――結果的にでもいいんですけれど、全体を束ねるようなテーマとかキーワードとかがもしあるとしたらなんでしょうね?
「歌心、ですね。私の中では歌心が精神性と深くつながっているんです。それが全体を通してあると思いますね。ボーカルが入っていなくても、私の作るものは常にメロディーに重きを置いていて、歌心は常に大事にしています」