
K-POPから歌謡曲まで、4人のバラバラなルーツとキャリア
――みなさんがsisに参加する以前についていくつか質問させてください。MAKOTO.さんはK-POPアイドルに憧れたのがすべての始まりだったと聞いています。
MAKOTO.「特にBoAさんと東方神起さんが大好きだったんです。両アーティストが所属するSMエンタテインメントには他にも魅力的な方がたくさんいらっしゃって、かなり刺激を受けました」
――それでプロを目指して韓国の芸能事務所の練習生になるわけですね。
MAKOTO.「はい。精神的に大変な時期ではありましたが、あのときの経験があったからこそ、歌もダンスもレベルアップしたと思っています。今の自分にプラスになった貴重な日々でしたね」
――かのうさんは2018年に福岡から上京していろいろと多方面で活躍しました。そのせいなのか、ステージ度胸がある方だなと思っています。実際はどうなのでしょうか。
かのう「度胸あるよねってよく言われるんですけど、実は全然そんなことなくて。ステージに立つたびに緊張しています、ちゃんと(笑)」
――JUDY AND MARYの“Over Drive”(1995年)をよく歌っていますが、音楽的なルーツはあの頃のJ-POPですか?
かのう「ああいうロックバンドでやってみたいなあという思いはずっとありました。歌謡曲に関しては『トロット・ガールズ・ジャパン』で歌う機会が増えたとはいえ、もともとその前からSNSでカバーソングを披露していたので、ずっと愛着のあるジャンルですね」
MAKOTO.「かのうちゃんのルーツはテレビドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』でしょ?」
かのう「そうなんです。ディズニー・チャンネルで放送されていたあのドラマにもの凄く影響を受けたんです。8歳のときに観たのですが、主人公のハンナ・モンタナみたいになりたいと思ったのが、この世界に入る動機になりました」
――ハンナ・モンタナはJUDY AND MARYとは異なるイメージですよね。
かのう「でも華やかな感じが似てませんか? どちらもきらびやかで可愛らしく、かっこよくもある。そんな人になりたいんです」

――あさ陽さんは以前、アイドルグループの一員として活躍されていたんですよね。
あさ陽「はい。それでアイドルを卒業する直前に今後はどうしようかとすごく悩んだんです。幼い頃から歌謡曲や演歌に慣れ親しんできたこともあり、その方面に進みたいと決めたものの、具体的にどうすればよいのか分からなくて……」
――となると、現在の環境は理想的と言えそうですね。
あさ陽「自分がやりたいことにつながったと実感しています。本当にありがたいです」
――歌謡曲はどのあたりをよく聴いていたのですか?
あさ陽「演歌や歌謡曲がいつも流れている家庭で育ちました。私は習い事をしていて、祖父が車で送り迎えをしてくれたんですが、運転中には青江三奈さんの曲が常に流れていました」
――sisが得意とするトロット系のサウンドに近かったんですね。
あさ陽「そうなんです。そのような環境で育ったことに感謝しています」
――太良さんは18歳からナイトクラブで歌い続けてきたそうですね。
太良「ナイトクラブと言っても一般的なイメージとは少し違うんです。ダンスフロアがあって専属バンドが演奏する、そういうお店で歌っていました。昭和によくあったナイトクラブのスタイルで、いまだに地方には当時のスタイルのお店がいくつか残っていますね」
――プロの歌手になるために芸能事務所主催のコンテストやテレビオーディション番組に出るのはありがちなパターンですが、そうしなかったのはなぜですか?
太良「高校を卒業するときに進路をどうしようかと考えて、出した答えが〈歌がやりたい〉だったんです。そう決意した直後にナイトクラブの専属シンガーのオーディションがあることを知って、だったら参加してみようかなと。運よく合格して〈卒業したら春から来て〉と声がかかり、働き始めました」
――そうしたキャリアは現在の太良さんの血となり肉となっているような気がします。
太良「10代から貴重な体験ができたっていうのはすごく感じます。おかげで昭和歌謡やジャズ、海外の古い歌を知ったり学んだりできました。ナイトクラブは私のホームのような場所です」
――みなさんは今までまったく違う道を歩んできたのですね。驚きました!
全員「そうなんです。みんなバラバラなんです(笑)」