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せめて彼が努力した分だけ、音楽が評価されて報われたら

――デビューアルバム『I/o』と、それに続く『Pet SteP』では、音楽の方向性が大きく変わりました。細野晴臣をアドバイザーに迎えた『Pet SteP』が、本人にとって、納得のできないアルバムだったとのことですね。これについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?

「兄の音楽には大きく分けて2つの面があります。ひとつは音の実験。もうひとつはロマンティシズム。“オレンジ・パラドックス”“ブラック・ホール”のような実験音楽を作る一方で、“未来永劫”や“迷宮の森”のようなロマンティックな曲も奏でる。『Pet SteP』はどちらかというとロマン主義に全振りしたアルバムだったため、『I/o』のファンからは低い評価しか得られませんでしたが、無印良品のBGMで兄の音楽を知ってくれた新しいファンを獲得することはできました。

兄が納得できていなかったのは、まず、タイトル曲“Pet SteP”のオリジナルが制作会議で〈1分は短すぎる〉と却下されたこと。結果、3分バージョンで再録音しましたが、いかにも水で薄めたスープ感が強かったです。もうひとつは“未来永劫 Part 2”が選に洩れたこと。これにより『I/o』との関連性が切られました。

細野晴臣さんは兄が尊敬するミュージシャンであり、『I/o』制作どころか、他の曲を聴いても細野さんのベースラインからヒントを得たなとわかるものが多いくらいのファンでしたが、兄は基本的に人の意見は聞き入れません。そもそも論として、〈細野さんをアドバイザーに〉という制作側の発想が間違っていたんです。

日本フォノグラムの『I/o』の制作スタッフはそのままジャパン・レコード(現・徳間ジャパン)に移籍しましたが、継続して『Pet SteP』の制作にかかわった人はいませんでした。そのことも大きかったと思います」

――今回の未発表音源集には、本来作りたかったという“Pet SteP”の1分に満たないオリジナルバージョンが収録されています。これを聴いて、隆夫さんはどのような想いを抱かれましたか?

「この“Pet SteP”は、兄のこだわりのすべてを詰め込んだ曲です。まずタイトルが回文になっているという点。前から読んでも〈Pestep〉、後ろから読んでも〈Petstep〉。これは音にするなら“オレンジ・パラドックス”と一緒。そして、子供の頃から大好きだった曲“手のひらを太陽に”のサビ部分のオマージュ。さらに、倍速ギターとチェロの融合。それらを58秒にまとめ、〈記号化〉しています。

“迷宮の森”が12分を超える大作である一方で、1分足らずの曲の中にすべての要素を入れる。これも兄のプランのひとつだったんです。曲を作る時にメロディが美しいとか、コード進行がどうとか、そういう作り方はしない。言葉に置き換えたロジックの面白さ、あるいは視覚的不思議さ、そういうものが着想の原点なんです」

――“未来永劫 Part 2”は、尊敬していたフィル・スペクターのウォールオブサウンドを試みたとのことですね。銭湯の奥で演奏しているような音の広がり、このサウンドを実現するために、どのような工夫をされていたのでしょうか?

「“未来永劫 Part 2”制作時には、機材面の大きな変化としてデジタルディレイ、デジタルリバーブを手に入れたことがありました。それまでは、多重録音に使っていたソニーの4チャンネルレコーダーやローランドのテープ式エコーRE-201を使っていましたが、アナログゆえコントロールが大変でした。ギリギリいっぱいの反響音を出そうとするとハウるんです。“未来永劫 Part 2”を聴いていただければわかりますが、音の奥行きの深さがハンパない。残響にこだわった音作りをしてきた新津章夫としては、これ以上にない出来栄えなんです」

――今回改めてお兄様の遺された膨大な音源と向き合い、CDとLPの発売に至るまでの経緯、そして今の率直な気持ちをお聞かせください。

「青天の霹靂というのがぴったりで、まず2023年のクリスマスに徳間ジャパンから『I/o』を横尾忠則さんのジャケット含めてLPで完全復刻したいと連絡をもらった時には、正直、オレオレ詐欺の一種なのかと警戒しました(笑)。

2005年に発表した『SCIENCE CLASSICS』というCDは、兄が亡くなる間際まで取り組んでいた制作途中のアルバムだったものなので、これを完成させるのは私の役目だと思っていました。ですが、もう1枚『I/o』から『Winter Wonderland』(1985年)のアウトテイクを出したかったけど、『SCIENCE CLASSICS』のセールスが思わしくなかったため中断され、そのまま立ち消えになっていましたから。

コロナ禍では私の生活そのものが痛めつけられたので、さすがにトランクルームを借りてまで兄の音源等を保管することに限界を迎えていました。2023年の夏に日本へ帰国した際には、すべて処分するつもりだったのです。

それが徳間ジャパンからの復刻に続き、PヴァインのコンピレーションCD(『How We Walk on the Moon』、2024年)に『Pet SteP』の“リヨン”を提供してほしいという話が届き、そして、今回のこの話ですから、〈ああ、捨てなくてよかった〉と安堵したものです。兄はレコードセールスには恵まれなかったけど、せめて彼が努力した分だけ、音楽が評価されて報われたらなぁと思っています」

 


RELEASE INFORMATION

新津章夫 『EARLY MINIMALISM 1973-78』 ブリッジ(2025)

リリース日:2025年9月17日(水)
品番:BRIDGE420
仕様:2枚組CD
価格:4,268円(税込)

TRACKLIST
Disc 1
1. 最初の多重録音
2. インディア 01
4. インディア 02
3. ワルツ 01
5. バラッド 01
7. バラッド 02
6. どんつく
8. ガット・抒情
9. ホタカ
10. インディア 02(1975) 
11. バラッド 01(1975) 
12. ボサノバ・オクターブ
13. 光のオルゴール(プロト・タイプ)
14. ドイツの印象
15. バッハ:インヴェンション12番 イ長調
16. バッハ:インヴェンション14番 変ロ長調
17. バッハ:インヴェンション13番 イ短調
18. バッハ:インヴェンション 4番 ニ短調
19. バッハ:インヴェンション 4番 ニ短調
20. バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第2巻 20番 フーガ

Disc 2
1. コズミック・トレイン
2. 未来永劫
3. シロス・リンダーホフ
4. ハイデルベルグ 1976
5. ハイデルベルグ 1977 Fast
6. ハイデルベルグ 1977 Slow 
7.光のオルゴール
8. ルートヴィヒ2世
9. バッハ:プレリュードB短調
10. ブラック・ホール
11. 迷宮の森(プロト・タイプ)
12. 迷宮の森(インスピレーション)
13. 天気雨

解説:新津隆夫
編集・マスタリング:George Mori
デザイン:ダダオ

 

新津章夫 『LATE MINIMALISM 1981-84』 ブリッジ(2025)

リリース日:2025年10月1日(水)
品番:BRIDGE422
仕様:2枚組CD
価格:4,268円(税込)

TRACKLIST
Disc 1
1. 未来永劫 Part 2
2. 金平糖の踊り テクノ編(くるみ割り人形より)
3. ダイヤモンドダスト
4. チェロと倍速ギターの為の小品~音楽の歓び
5. クラマエ 338
6. PetSteP オリジナル
7. Mina
8. 湘南の漣
9. プレリュード
10. アストロ行進曲
11. アサクサ 113
12. D.B.
13. マティアスによろしく
14. シロス・リンダーホフ
15. 最期の言葉
16. PetSteP ジングル

Disc 2
1.「くらしの経済」テーマ
2. ネッセ・フランセーズ・ネイキッド
3. リヨン・テイク1
4. リヨン・テイク2
5. リヨン・リズムトラック
6. N氏のナイーブ・ネイキッド
7. 未来永劫 Part 2(テスト・ミックス)
8. ネッセ・フランセーズ ’83
9. FMレコパル・ラジオCM・SE
10. 曼荼羅 1
11. 曼荼羅 2
12. 曼荼羅 3
13. 曼荼羅 4
14. 曼荼羅 5
15. 曼荼羅 6
16. マイケル

解説:新津隆夫
編集・マスタリング:George Mori
デザイン:ダダオ

 

新津章夫 『HOAX FOR ELECTRIC GUITAR』 ブリッジ(2025)

リリース日:2025年10月22日(水)
品番:BRIDGE424
仕様:LP
価格:4,455円(税込)

TRACKLIST
Side A
1. From Eternity To Schaffhausen Information - Demo
   未来永劫
2. Thumpin
   どんつく
3. Heidelberg - Demo 1 -
   ハイデルベルグ 1
4. India style 02 - 1975 -
   インディア 02(1975) 
5. Ludwig II - Demo -
   ルートヴィヒ2世
6. The Earliest Overdub Demo
   最初の多重録音

Side B
1. Forest Of Maze - Ideation and Testing -
   迷宮の森(インスピレーション)
2. Shonan Wave Waltz
   湘南の漣
3. Black Hole - Before Effect Processing -
   ブラック・ホール
4. Mandalas Take 4
   曼荼羅 4
5. Mandalas Take 1
   曼荼羅 1
6. Space Symphony Inspired by Timo Laine
 ティモ・レインの影響により宇宙瞑想系

解説:新津隆夫
編集・マスタリング:George Mori
デザイン:ダダオ

 


PROFILE: 新津章夫
10代のはじめよりギターを弾き始め、J. S. バッハとジミ・ヘンドリックスを師とし、全ての奏法を極める。1976年、自室にプロ用のミキシングコンソールを持ち込み、3年半かけ、エンジニアリングを含めすべてをまったくの独りで『I/o』(日本フォノグラム、1978年)を完成させる。無印良品のスタート時(1980年)に店内BGMをともに手がけ、細野晴臣をアドバイザーに迎えた『Pet SteP』(ジャパン・レコード、1982年)、『Winter Wonderland』(SWITCH 45 R.P.M.、1985年)を発表。1980年代半ば、音楽の世界から身を引く。『I/o』が「ギター・マガジン」2017年8月号の〈ニッポンの偉大なギター名盤100〉に選ばれ、「和レアリック・ディスクガイド」(ele-king books、2019年)に『I/o』と『Pet SteP』が取り上げられるなど評価され続けている。『I/o』の発売当時、新津章夫は「今にコンピューターで音楽を創る時代になる。そんな時代がやってきた時、ギター1本とわずかな楽器でこんな馬鹿な音楽を創ったヤツがいたって笑ってもらいたいんだよね。でも、その未来のミュージシャンたちにギターと多重録音だけで、このアルバムと同じ音は絶対に作れっこないという自信はあるけどね」と、常々語っていたという。

PROFILE: 新津隆夫
コラムニスト、ジャーナリスト。イタリア在住。