山下達郎の通算29枚目のシングル“DREAMING GIRL”は、松嶋菜々子がヒロインを演じたNHK連続テレビ小説「ひまわり」の主題歌として制作され、1996年5月1日にリリースされた。あれから30年。この春から同ドラマの再放送がスタートし、今あらためて耳にしている人も多いのではないだろうか。
自身の作品として初めて松本隆と組んだことでも知られるこのエポックメイキングな名曲について、ライターの桑原シローに綴ってもらった。 *Mikiki編集部
「ひまわり」オープニング映像とのマッチングぶりが鮮烈
そうか、こんなにもいろんなタツローナンバーがドラマの随所で使われていたのか――。先ごろ再放送が始まったNHK連続テレビ小説「ひまわり」を観返しながら、あらためてそんな発見に驚かされている今日この頃(難波弘之によるインストアレンジ版が劇伴に使われている)。とか言いつつも、何より胸を打たれるのは、主題歌“DREAMING GIRL”との30年ぶりとなる再会である。ドラマのために書き下ろされたこの曲は、1996年5月1日に通算29枚目のシングルとしてリリース。その後、1998年発表のアルバム『COZY』に収録され、作品全体をしっかり引き締める重要な一曲として存在感を放っている。
リリース当時は、どんな素顔なのかまだ判然としなかったデビュー初期のさとう珠緒が出演するMVをよく目にしたものだが、やはり鮮烈な印象を与えるのは、夏空と一面のひまわり畑を背景にしたドラマのオープニング映像とのマッチングぶり。ドリーミーという言葉だけでは到底追いつかない自己多重録音のアカペラハーモニー、幾重にも折り重ねられたアコギのきらめく響きなどすべてが、時代を超えてなお色褪せないエバーグリーンな輝きを放っている。映像の色調にはどこか時代を感じさせる古めかしさが漂っているのだが、その風合いがかえって楽曲が備え持つ瑞々しさや生命力などを際立たせる効果を上げていたりして、気づけば思わずため息がこぼれてしまうのである。
売れるかどうかではなく、書かずにはいられない音楽がある
そんな“DREAMING GIRL”について、〈今も昔も、こういう曲調は誰も歌おうとしない〉と、山下自身は2012年発売のベスト盤『OPUS ~ALL TIME BEST 1975-2012~』のブックレットでこんな言葉を残している。いかにも山下達郎スタンダードと呼びたくなるこの曲が、実は日本の歌謡/ポップス史の流れのなかではかなり異質な存在であることを当人がもっともよく理解しているのだ。実際のところ、TKサウンドが圧倒的な存在感を放っていた1990年代半ばにおいてこの楽曲の落ち着き払った佇まい、贅沢なまでに磨き込まれたサウンドプロダクションは時代の潮流からあきらかに距離を置いていたと言えよう。
当時の山下は40代前半。かつての〈夏だ! 海だ! タツローだ!〉というイメージ先行の語られ方も徐々に薄れており、稀代のポップスマエストロとして派手な即効性や瞬発力とは別の場所でじっくり時間をかけて熟成されていく音楽を生み出し続けていたわけだが、成熟度の向上に対してセールス面の反応がけっして伴っていたとは言い難い。個人的には山下達郎的サウンドの完成形のひとつと認識している1995年のシングル“世界の果てまで”がキャリアでもっとも売れなかった一枚であることをいまなお折に触れて口にする彼だが、当時の作品群が思うようなリアクションを得られなかったことへの落胆を隠そうせず、“DREAMING GIRL”についても、〈日本の流行音楽の風土に合わないのだろう〉とどこか醒めた口調で分析している。
あらためてあの頃を振り返ると、オリジナルマスター仕様でCD化されたシュガー・ベイブ唯一のアルバム『SONGS』がチャート3位を記録するヒットとなったことで、渋谷系の元祖としての評価が完全に定着していたり、クラブシーンでは感度の高いDJたちがRCA/AIR時代のソウルマナーな楽曲をこぞってプレイし、“WINDY LADY”や“LOVE SPACE”は和モノクラシックとして定番化したりするなど、彼の音楽が備える先進性や洗練、ブラックミュージックへの深い理解などが熱を帯びて語られていた傾向があった。が、そんな周囲の再評価やトレンドに本人はほとんど関心を示さなかった。流行に迎合するでもなく、かといって懐古主義に寄りかかるでもない。その時代ならではの音色やレコーディング技法に強いこだわりを持ちながら、ただひたすらに成熟したポップスのあり方を追求し続けていたようにこちらの目には映っていたわけだけれど。
〈それでも〉と先のコメントを彼はこう続ける。〈自分の考える「ポップ」という視座からは、このような響きはいちばん好きなもののひとつなので、ヒットしようがしまいが作品化の衝動に抗えない〉。ここから伝わってくるのは、売れるかどうかではなく、書かずにはいられない音楽がある、といった揺るぎない意志だ。理想とする響きをそう容易く手放すわけにいくもんか。みずからの感性を信じ抜く意地こそが時代のムードに左右されがちな流行音楽とは一線を画す強度をその音楽に与えているのは事実で、すなわち“DREAMING GIRL”はそんな美学と理想が凝縮された彼の作家性を象徴するような楽曲なのである。

