シティポップ、ボカロ(ボーカロイド)、R&B、レゲエ……。よく耳にするあの音楽ジャンル名って、実際はどんな音楽を指しているの? そんな疑問に答え、音楽を一歩踏み込んで知ってもらうため、タワーレコードの音楽ガイドメディアMikikiが新連載〈音楽ジャンル再入門〉をスタートさせます。
第1回は、初心者でもわかるシティポップ入門。背景情報や海外で人気が高い理由、代表的なアーティスト、名曲・人気曲などをしっかりと紹介。これを読めば、音楽を聴くことがもっと楽しくなるはず!
シティポップとは何か?
2010年代以降、海外を中心に始まったリバイバルと再評価によって改めて広まった〈シティポップ〉という音楽ジャンル名。しかし、シティポップとはどんな音楽なのか? ジャンルとして括るには指す範囲が広く、音楽的な特徴を説明しようとしても多様すぎる。
そのため、まずは〈おしゃれ〉〈都会的〉〈洗練されている〉〈軽やかな〉〈大人びている〉〈煌びやか〉といった抽象的で曖昧なイメージやムード、空気感を纏った音楽だという説明が最もわかりやすい。具体的に見ていこう。
シティポップというジャンル名はどんな音楽を指している?
より踏み込んで説明するなら、1970年代後半から1980年代に作られて流行した、洋楽から影響を受けたポップス。洗練されたコード進行と親しみやすいメロディ、落ち着いた心地よいグルーヴ(リズムのノリ)が、音楽的な特徴だ。アーティストは山下達郎、大貫妙子、竹内まりや、ユーミンこと松任谷由実(荒井由実)、大滝詠一、南佳孝、角松敏生といったシンガーソングライターが中心だが、プロの作編曲家、ティン・パン・アレーのようなバックバンドや腕利きの演奏陣といった裏方も重要な役割を担っており、卓越した演奏と高度な録音技術に裏打ちされている。
さらに、永井博や鈴木英人、わたせせいぞうなど、人気イラストレーターによるジャケットや歌詞が喚起する、〈都市〉〈夜〉〈夏〉〈海辺(ビーチ)〉〈プール〉〈リゾート〉〈ハイウェイ〉〈車〉〈恋愛〉のようなイメージも重要な要素。それらもあいまって、シティポップは、当時の若者たちのライフスタイルと結びついた生活やレジャーのBGM/サウンドトラックになった。
シティポップが生まれた経緯や背景
そんなシティポップが生まれた背景とは? 柴崎祐二の編著書「シティポップとは何か」を参照すると、欧米を凌ぐ高度経済成長による好景気、情報産業や第三次産業の発展、日本人の消費・購買力の増加、農村出身者の都市への流入や核家族化などが時代背景としてあった。その豊かで楽観的なムードは、確実に影響している。
また、海外の潮流の影響もあり、大滝詠一や山下達郎のようにスタジオでの完璧な音作りを追求するミュージシャンが増え、技術や機材の発展とともに、録音作品として洗練された曲やアルバムが増加した。テクニックを磨いた手練れのセッションミュージシャンが集中しているのもスタジオが存在するのも、東京を中心にした都市部。そのため、シティポップが都会の真ん中で生まれるのは必然だった。
シティポップが大きな影響を受けた音楽
シティポップが影響を受けた音楽は、明確に存在している。それは先述のとおり同時代の洋楽で、まずはボズ・スキャッグスらのAORが挙げられる。AORは、ソウルやフュージョンに影響されたロックを指す和製英語のジャンル。近年はヨットロックという呼称も有名だ。
さらに、アメリカ西海岸のロックやポップス、シンガーソングライターたちの音楽、ディスコやソウルミュージック、ブラックコンテンポラリーといった黒人音楽、ジャズ/フュージョンも大きな影響源だ。いずれもメロウさやスムーズさや洒脱さを伴った音楽で、シティポップの構成要素としてわかりやすい。
シティポップが現代に与えている影響
シティポップは、現代のシーンにもかなり影響を与えている。たとえば、アメリカのR&Bアーティスト、ザ・ウィークエンドが“Out Of Time”で亜蘭知子の“Midnight Pretenders”をサンプリングするなど、ヒップホップやR&Bシーンへの影響は大きい。
それだけでなく、Awesome City ClubやSuchmos、iri、TENDRE、離婚伝説、角野隼斗擁するPenthouseといった現行のJ-POPやインディアーティストも、〈ネオシティポップ〉と称されることが多い。近年、シティポップのカバーは多数リリースされており、韓国出身のDJ/プロデューサーNight Tempoによるダンスリミックスなどで現代の若者たちにも浸透している。実際に影響を受けているかどうかは様々だが、シティポップのサウンドやビジュアルは、レトロ回帰の風潮もあいまって定着しているのが事実だ。
シティポップが海外でも人気がある理由
全盛期を過ぎた1990年代以降、一部のファンやDJを除いて、〈過去の音楽〉としてすっかり忘れ去られていたシティポップだが、2010年代になってから主に海外で〈再発見〉される。なぜ人気が再燃し、しかも海外が中心だったのか? その理由を掘り下げてみよう。
インターネットやSNSの影響
まず、シティポップ作品を国外に届けたのは、インターネットだったことが指摘できる。ヴェイパーウェイヴやその派生形であるフューチャーファンクという海外のネット中心のジャンル/シーンが、シティポップの曲を無断でサンプリング(一部を引用・流用)して先鞭をつけた。さらに、シティポップを1980~1990年代のアニメ映像と結びつけたのも、そのようなネット文化だった。
また、海賊的にアップロードされていた〈元ネタ〉のシティポップ作品が、YouTubeでは聴かれていた。そんななか、アルゴリズムの偶然によって2017年に公開された竹内まりや“プラスティック・ラブ”(1984年)の動画がヒット。そして、コロナ禍が始まった2020年、松原みきのヒット曲“真夜中のドア〜stay with me”(1979年)がTikTokやSpotifyで聴かれるようになり、インドネシアの歌手Rainychによるカバーが人気を後押ししたこともあり、ブームとリバイバル・再評価を強化した。
音楽的クオリティの圧倒的高さ
上記のとおりシティポップ全盛時代は、バブル経済に向かっていく当時の日本の豊かな経済、東京を中心にした都市の良好なレコーディングスタジオ環境が洗練された音楽を生み出していた。また、潤沢な制作予算や資金を投入し、海外で録音したり外国人ミュージシャン/プロデューサーを起用したりすることもあった。
そうして作られていたシティポップ作品は、リリース当時は日本以外にほとんど流通していなかったが、ネットを通じて再発見した海外のリスナーには新鮮に響いた。シティポップは、洋楽からの影響が強くてサウンドの質も高いため、海外の聴き手にとって聴きやすくて心地よい。しかも、日本語の歌詞をはじめ日本的な要素があるため、目新しさもある。そういった安心感と驚き、両方を兼ね備えていることが2つ目の理由だと言える。
イラストやアニメと結びついたノスタルジックでレトロな世界観
高品質な音楽だからこそ普遍的で古びないシティポップだが、やはりノスタルジーに結びついていることも人気の理由のひとつだ。現代の音楽と異なるメロディ、コード感、リズムやビート、音の質感は、日本人以外が聴いても懐かしさを感じさせる。
さらに、シティポップのレトロさを増加させているのは、ビジュアル面も大きい。都会の夜景、夏のビーチやプールサイド、ハイウェイと車……。前述した永井博らのイラスト、そしてネット文化由来のアニメとの接続は、1970~1980年代特有の空気感を強化している。音楽と結びついた視覚的な部分が、シティポップのレトロでノスタルジックな世界観を形成しているのだ。〈日本には行ったことがないけど、なぜか懐かしい〉という切ない感情を呼び起こすシティポップに、多くの海外リスナーが惹かれている。
外ポップスやサブジャンルへの多大な影響
最後に、これはリバイバルが拡大していく過程で起こった結果論だが、海外の音楽や文化に大きな影響を及ぼしたことが挙げられる。すでに触れたザ・ウィークエンドのように、R&Bやヒップホップ、ダンスミュージックのアーティスト/プロデューサーは、2010年代以降、シティポップの曲を積極的にサンプリングするようになった。彼らにとって日本のシティポップは、見知らぬ音楽が発見できる〈未開拓地〉でもあったのだ。たとえば、アメリカの著名ラッパー、タイラー・ザ・クリエイターは山下達郎や矢野顕子の曲をサンプリングしている。リスナーはその元ネタを探し、シティポップをディグる回路が出来上がったのだ。
また、2017年にテレビ東京の人気番組「YOUは何しに日本へ?」で放送された、アメリカ人男性が大貫妙子『SUNSHOWER』(1977年)のレコードを探しに日本を訪れた様子は大いに話題になった。そのようにレコードの再ブーム化とも結びついて、シティポップの音楽性やビジュアルの影響力は増していった。
シティポップの代表的アーティスト8選
続いて、シティポップを語る上で欠かせない代表的なアーティストを8組ご紹介。日本のみならず世界中のリスナーを魅了するレジェンドたちの歩みや特徴、押さえておきたい代表作を把握しよう。
大滝詠一
1970年に伝説のバンド、はっぴいえんどでデビュー。解散後はナイアガラ・レコードを設立し、アメリカンポップスへの深い造詣をもとに独自の音楽世界を探求。名曲“君は天然色”に代表される、華麗で色彩に満ちた音像の〈ナイアガラ・サウンド〉は現在に至るまで数多くのフォロワーを生み出し続けている。同曲を収録したアルバム『A LONG VACATION』(1981年)は、永井博によるジャケットのアートワークとともにシティポップの象徴として語り継がれる、日本ポップス史の最重要作だ。大滝は2013年に65歳で永眠した。
山下達郎
1973年に大貫妙子らとともにバンド、シュガー・ベイブを結成し、1975年にナイアガラよりデビュー。ソロ転向後は、アメリカンポップスへの強い憧れとマニアックな探求心を武器に、日本のポップスを次の次元へ引き上げる作品を次々と発表。大ヒットを記録した『RIDE ON TIME』(1980年)や『FOR YOU』(1982年)などで聴くことができる、一人多重録音による重厚なコーラスワーク、精緻なカッティングギター、ソウルやR&Bを昇華したグルーヴが生み出す爽快なサウンドは、シティポップの金字塔として世界中の音楽ファンを魅了している。
竹内まりや
1978年にデビューし、多くのヒット曲でアイドル的な人気を博す。その後、1982年に結婚した夫・山下達郎による全面サポートのもと、全曲自身で作詞作曲したアルバム『VARIETY』(1984年)を発表。世界的なブームを巻き起こした名曲“プラスティック・ラブ”を収録した同作は、キャッチーな歌謡曲に洗練されたグルーヴと緻密なコーラスワークが融合したアーバンなサウンドが展開される、シティポップの名盤中の名盤だ。次作『REQUEST』(1987年)に収められた“夢の続き”をはじめ、圧倒的な名曲の数々でシティポップを代表するアーティストとして君臨している。
大貫妙子
1973年に山下達郎らと結成したシュガー・ベイブを経てシンガーソングライターへと転向。フレンチポップやアコースティックの要素を織り交ぜ、独自の音楽性を確立した。シティポップブームにおいて2ndアルバム『SUNSHOWER』が海を越えて絶大な人気を獲得。坂本龍一をはじめ、豪華ミュージシャンが奏でる上質なサウンド、先進的なアレンジ、そして透明感溢れる歌声は、シティポップの知的で洗練された魅力を象徴している。特に収録曲“都会”は、“プラスティック・ラブ”や“真夜中のドア〜stay with me”などと並び世界中で聴かれ続けている名曲だ。
松任谷由実
1972年のデビュー以来、日本音楽シーンのトップを走り続けるユーミン。1976年に松任谷正隆と結婚して現在の名義となるが、特に旧姓・荒井由実時代に発表した『MISSLIM』(1974年)や『COBALT HOUR』(1975年)など4枚のアルバムは、洗練されたサウンドと繊細な情景描写が際立ち、シティポップの原点として高く評価されている。その後も最先端のサウンドでリゾートカルチャーを描き出した『SURF & SNOW』(1980年)などヒット作を連発。名曲“真珠のピアス”を収録した『PEARL PIERCE』(1982年)はひときわオシャレなシティポップの名盤として知られている。
角松敏生
1981年のデビュー以来、ソウル、R&B、ファンクなどブラックミュージックの要素を取り入れながら、先進的なサウンドで華やかなリゾート感や煌びやかな都会の夜を表現。代表作『AFTER 5 CLASH』(1984年)をはじめ、彼が描くアーバンでダンサブルな世界は国内外のシティポップファンを虜にしている。また、自身のアーティスト活動にとどまらず、杏里“悲しみがとまらない”や中山美穂“You‘re My Only Shinin’ Star”を手掛けて大ヒットさせるなどプロデューサーとしての功績も極めて大きい。
杏里
1978年にデビューし、1983年に角松敏生がプロデュースした“CAT’S EYE”“悲しみがとまらない I CAN’T STOP THE LONELINESS”が相次いで大ヒットを記録。伸びやかで澄み切ったボーカルと夏や海を思わせる爽快なサウンドは、当時の若者たちが憧れる都会的で華やかなライフスタイルの象徴となる。それらを収めたアルバム『Timely!!』(1983年)や、“Remember Summer Days”などの名曲がシティポップ再評価の波に乗って海外でも人気が急上昇。2026年5月の北米ツアーでは大熱狂を巻き起こした。
杉山清貴&オメガトライブ
松原みき“真夜中のドア〜stay with me”など数々の名曲を生み出し、シティポップの立役者となった音楽家・林哲司らによる楽曲提供のもと、1983年に“SUMMER SUSPICION”でデビュー。以降、海やドライブを連想させる“君のハートはマリンブルー”“ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER”などのヒット曲でバンドに夏のイメージが定着していく。林が手掛ける煌めきと清涼感に満ちたサウンド、杉山の突き抜けるようなハイトーンボイスは、名盤『ANOTHER SUMMER』(1985年)をはじめとする作品群で今なお鮮烈な輝きを放っている。
シティポップの名曲・人気曲10選
ここでは、シティポップの名曲・人気曲を10曲紹介。先ほどリストアップしたアーティストの代表曲だけでなく、YouTubeやSNS経由で近年再評価されたものなども網羅的に取り上げる。実際に曲を聴いて、シティポップの世界に浸ろう。
竹内まりや “プラスティック・ラブ”(1984年)
2010年代後半、シティポップブームの波に乗ってインターネット経由で世界的に知られることとなった言わずと知れた名曲。それまで活動休止していた竹内がシンガーソングライターとしてキャリア復帰を果たした6thアルバム『VARIETY』の収録曲で、編曲は山下達郎が務めている。都会に生きる女性の強くも脆い様子を捉えたシネマティックな歌詞、マイナーキー特有の哀愁と不安定さ、ストリングスやホーンを重ねた煌びやかなサウンドなど、竹内の秀でたソングライティングとそれを深く理解した山下のアレンジが光る1曲だ。中西康晴(エレクトリックピアノ)、伊藤広規(ベース)、青山純(ドラムス)らによる卓越した演奏もサウンドを構築する上で大きな役割を果たしている。レコード、CD、配信といかなるハードで聴いてもときめきと感動をもたらしてくれる、まさにシティポップを象徴するナンバーだ。
松原みき “真夜中のドア~stay with me”(1979年)
松原が20歳の誕生日を迎える直前にリリースされた、記念すべき1stシングル。作詞は三浦徳子、作曲と編曲は林哲司が担当しており、デイヴィッド・フォスターが作曲したキャロル・ベイヤー・セイガー“It’s The Falling In Love”からの影響が色濃く反映されている。インドネシアのYouTuber、Rainychが2020年にアップしたカバー動画が世界的に注目されたこともこの曲がリバイバルヒットした要因のひとつだが、それ以上に一聴して耳に残る林のメロディメイカーとしての手腕、当時まだ19歳だった松原の圧倒的な歌唱力があってこその名曲だと言えよう。松原正樹(ギター)のダンサブルなバッキング、林立夫(ドラムス)のシンコペーションを多用した16ビート、主メロに寄り添いながらも時折顔を出す後藤次利(ベース)の自由なフレージングなどプレイヤー陣の活躍も聴き逃せない。
山下達郎 “SPARKLE”(1982年)
名盤『FOR YOU』の幕開けを告げる、山下自身の代表曲とも言える1曲。山下の愛機であるフェンダーのテレキャスターを購入したことをきっかけに誕生した曲で、そのため自身のストロングポイントであるギターカッティングをほぼ全編でフィーチャーしている。山下の伸びのあるボーカルとファンキーなギタープレイはもちろん、青山純のドラムと伊藤広規のベースが織りなす極上のグルーヴも聴きどころだ。作詞とバッキングボーカルには吉田美奈子が参加しており、歌詞とコーラスの面で曲にリゾート感をもたらしている。そのタイトルどおり、キラキラと光り輝くようなサウンドデザインは今やシティポップを定義する重要な要素のひとつであり、そうした洗練された音の意匠が海外のリスナーをも魅了している。
大滝詠一 “君は天然色”(1981年)
大滝が長年追求してきた日本ならではのウォール・オブ・サウンド=ナイアガラ・サウンドを体現したアルバム『A LONG VACATION』の収録曲(同日に同曲のシングルも発売)。須藤薫への提供曲を制作する過程で曲の原型はできていたそうだが、最終的には自身の楽曲としてリリースすることとなる。バッキングトラックはアコースティックピアノ4台、エレピ1台、5人のパーカッションなど総勢20人の〈大滝オーケストラ〉と呼ばれる面々を集め、1テイクでレコーディングされたという。そのゴージャスなサウンドとは裏腹に、松本隆が書き上げた歌詞はどこか儚げで、手の届かない輝く未来を羨望しているような視点が含まれており(松本がこの時期に最愛の妹を病気で亡くしたことが強く影響している)、そうした音像とリリックのギャップがこの曲を特別なものとしている。
杏里 “悲しみがとまらない I CAN’T STOP THE LONELINESS”(1983年)
角松敏生がプロデュースした通算14枚目のシングル。角松自身はあくまでプロデューサーに徹していて、作詞は康珍化、作曲は林哲司にそれぞれ依頼するかたちで制作された。角松から「ソウルっぽいものを作ってほしい」と依頼された林は、シュプリームスあたりを意識したようなモータウン風のサウンドでトラックを作り上げ、一方の康は〈彼氏を友達に取られてしまったストーリー〉というテーマでドラマティックかつ繊細な世界観を歌詞に落とし込んでみせた。力強く艶やかな杏里のボーカルは、曲の主人公の心情を的確に捉え、よりリアリティのある物語として聴き手に伝えている。曲の終盤、転調したのちサビがリフレインしてフェードアウトしていく展開は、まさに悲しみがとまらない様子を表現しているかのようだ。
杉山清貴&オメガトライブ “ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER”(1985年)
JALのCMソングとして書き下ろされた5thシングル。シティポップ以前に日本を代表するサマーソングの名曲としても知られている。曲はCM関係者から伝えられたキャッチコピー〈Only You 君にささやくふたりの夏物語〉をもとに、林哲司と康珍化によってわずか2日で書き上げられたというから驚きだ。AORな透明感のある音像、まるでドラマや映画の場面転換のようなキメの多い曲展開、〈夜のマリーナ〉〈エリなしのシャツ〉など状況や季節感が盛り込まれたリリック、白い雲と青空がよく似合う杉山清貴のハイトーンなど、あらゆる面で夏そのものを体現した楽曲だと言える。愛する恋人と綺麗な海が見えるビーチで優雅にバケーションを楽しむ――キャッチコピーを上手く咀嚼したタイアップソング/夏ソングの教科書とも言える名曲である。
大貫妙子 “都会”(1977年)
アートワーク込みで世界的に認知されている2ndアルバム『SUNSHOWER』の収録曲で、大貫本人によればスティーヴィー・ワンダーの影響を受けて作った曲とのこと。レコーディングには坂本龍一(キーボード/編曲)、大村憲司(ギター)、細野晴臣(ベース)、山下達郎(コーラス)、スタッフのクリス・パーカー(ドラムス)らが参加し、フュージョンやクロスオーバーを取り込んだ独特のグルーヴ感がなんともクセになる。シティポップにカテゴライズされる多くの楽曲が都会の洒落た生活や悲劇的なシチュエーションを歌にしていくなか、“都会”は少し冷ややかな視点で街を見つめ、最後には家へと帰っていってしまう。そんな逆説的な眼差しで都会を捉えた楽曲に対し、空間を活かしたミニマルで知的なアレンジを施す坂本の手腕も見事だ。
泰葉 “フライディ・チャイナタウン”(1981年)
デビューシングルとしてのリリース当時はヒットしなかったが、2021年にNight Tempoが同曲のリミックスをロサンゼルスでプレイした映像が注目されたことをきっかけに再評価が進み、翌年に音源がサブスク解禁されると瞬く間にバイラルヒットした。少し古めかしく感じるイントロを経て、サビから始まる構成も印象的だが、細かく刻まれるファンキーな16ビートに乗せて高低差の激しいメロディを歌う泰葉の歌唱力も目を見張るものがある(しかもボーカルは一発録り)。金曜日の夜の中華街を舞台に遊びふける主人公の様子が描かれていくのだが、サウンドも込みで日本とも中国とも違う異国の世界観が形成されているところに彼女の底知れない才能を感じる。まだデビュー前の藤井 風がカバーした動画も話題となった。
八神純子 “黄昏のBAY CITY”(1983年)
7枚目のアルバム『FULL MOON』に先駆けてリリースされた18thシングル。発売当時はシングルチャートで最高75位と不発に終わったが、シティポップブームの波に乗って海外リスナーを中心に再生数が上昇し、泰葉と同様にNight Tempoが楽曲を取り上げたことなどを追い風に日本国内でも再注目されることとなった。瀬尾一三が編曲を手がけており、シャープでしなやかなギターカッティングが終始心地よく、夜のネオンを想起させるシンセ、時折スラップをアクセントに挟むタイトなベース、少し湿り気のあるスネアとタムで曲に奥行きを与えるドラムなど、AORを基調としたアンサンブルは今ではシティポップの定石のひとつとも言えるだろう。八神の可憐で艶っぽい声で歌われる少しダーティな歌詞にも注目。
荒井由実 “中央フリーウェイ”(1976年)
荒井由実名義では最後のアルバムとなる4作目『14番目の月』に収録されたシネマティックなポップチューン。ウェストコーストな香りが漂うアレンジなど卓越したサウンドも耳を引くが、それ以上に特筆すべきはやはりユーミンのソングライティング。東京から山梨へ向かう中央自動車道の実際の景色(具体的には調布ICから八王子ICまでの区間)と、運転席と助手席に座る2人の行く末を含みも持たせながら同時に描いていく。曲構成は非常にシンプルではあるが、〈中央フリーウェイ〉というフレーズでサウンドがリセットされたり、本当に夜空へと続いていくかのようにアウトロをフェードアウトさせたりと、歌詞に沿ったアレンジや展開には舌を巻いた。キャロル・キング、ジェームス・テイラーらのサポートも務めたリーランド・スカラーによるベースプレイも必聴だ。
シティポップをもっと聴きたい、知りたい、楽しみたいならMikiki
シティポップをもっと聴きたい 、知りたい、楽しみたい人は、ぜひMikikiの最新記事、10年以上の歴史がある過去のアーカイブを読んでほしい。当記事内に埋め込んだ関連記事だけでなく、〈シティポップ〉のタグを辿ってもらえれば関連する記事のすべてにアクセスできる。
また、アーティスト別のタグもあるので、そちらでアーティストごとの記事を読むことも可能だ。この記事で紹介した代表的なアーティストのタグは次のとおり。〈大滝詠一〉〈山下達郎〉〈竹内まりや〉〈大貫妙子〉〈松任谷由実〉〈角松敏生〉〈杏里〉〈杉山清貴&オメガトライブ〉。
直結しているタワーレコードの通販サイト、タワーレコード オンラインではシティポップの作品・商品を購入できる。記事の末尾に関連作品もチェックしてほしい。コンピレーションアルバムやディスクガイドのような書籍も充実しているので、タワーレコード オンラインで〈シティポップ〉のキーワード検索したり、気になったアーティスト名、曲名、アルバム名を調べてみよう。
Mikikiは、今後もシティポップに関係するインタビューやコラムなどを積極的に制作していく予定なので、X(旧Twitter)やInstagram、FacebookなどSNSの公式アカウントをフォローして最新情報をチェックしてもらいたい。
まとめ
以上、シティポップという音楽ジャンルの概要、代表的なアーティスト、名曲や人気曲を詳しく解説してきた。シティポップは、過去の日本で生まれ、当時はブームになったが、その後は一部の愛好家を除いて、一過性のものとして忘れられていた音楽だった。しかし、2010年代、ネットを介して海外を中心に再評価されて以降、人気は衰えることなく高まったまま定着し、現在に至っている。いまや日本の音楽を象徴する一大ジャンルとして世界的に知られているシティポップを、より詳しく知り、聴いて楽しむ一助にこの記事がなったら幸いだ。シティポップの世界は奥深いので、ここからさらに踏み込んで掘っていってほしい。