作曲家/鍵盤奏者の和久井沙良が3作目となるアルバム『The Little Cycle』を発表した。前作『Into My System』のリリース以降、活動初期からのバンドメンバーであるドラムの上原俊亮、ギターのイシイトモキに加え、新たにベースの高橋佳輝が参加するようになって、ライブの本数が増加。ジャズのインプロビゼーションにハードコアの熱量がプラスされて、オーディエンスとともにどこまでも上り詰めていくような稀有なステージの高揚感を、音源にも落とし込んでいることが『The Little Cycle』の最大の特徴だ。
さらにはそこにシンガーのmimikoと稲泉りんが参加したポップスもあり、近年のDTMでの制作で獲得したアンビエント的な音色・音像の作り込みも付与されることによって、多彩な音楽を手掛ける作曲家としての強固なオリジナリティを示している。
AdoやTK from 凛として時雨のツアーにサポートとして参加し、CM音楽や劇伴の制作も行うなど、幅広く活躍してきた一年を振り返りながら、『The Little Cycle』での達成について語ってもらった。

熱気あふれるライブをスタジオ録音に落とし込む試行錯誤
――『The Little Cycle』はフィーチャリングのゲストが参加していなくて、基本的にバンドのメンバーと全てを作り上げていることが最大の特徴かと思います。前作以降にどんな活動があり、どんな思索を経て、今回のアルバムに向かっていったのでしょうか。
「このアルバムに着手し始めたのは、2024年の6月ぐらいだった気がします。2024年はバンドメンバーと一緒にライブをする機会が増えて、そこでできた曲がたくさんあったんですよね。だから、レコーディングのために作った曲というよりは、ライブのために作った曲がすごく増えて、それを基盤にしてアルバムを作ってみようとしたのが今回のポイントだったのかなって」
――去年の春に東名阪ツアーがあって、他にもいくつかライブがあった中、その手応えが大きかった?
「大きかったですね。なので、それをライブアルバムじゃなくて、ちゃんとスタジオ作品として残すのも大事だと思いました。新たに佳輝が加わったり、みんなも音楽家としてそれぞれステップアップしていたというか、変わった感じもあったので、それはすごく今回のアルバムを作る動機になりました」
――ライブの熱量は以前から和久井さんが大事にしていたものですよね。
「そうですね。ただスタジオでライブの熱量を出そうと思って録っても、やっぱりライブとは違うんですよね。だからこれまでのライブの熱量を音源に落とし込もうとは思っていたけど、いい意味でライブとは別物になっていて。
ライブは本当に不思議で、やっぱりお客さんがいるのが大事なんじゃないかなと思います。その熱気というか、湿度というか、それによってみんなの気合いも違ってくる。その上でいかにライブ感を出すか、作り込みすぎず自然体でいられるかということを大事にして作った記憶があります」

理屈で説明できない人間同士のアンサンブルの魅力
――『Into My System』ではビートミュージック的な側面も強まって、昨年リリースされた“Patterns”にもその雰囲気があったので、その路線で行く可能性もあったように思うのですが、そこはいかがでしょうか?
「自分の中でもそこは迷いどころだったというか、デスクトップ上で組み立てて作るのもすごく好きだったんですけど、前作でそれを一回やったから、次は全く別のアプローチをしてみようって、どこかのタイミングで思った気がします。
いつ決めたのかは覚えてないんですけど……でもやっぱりライブをする機会が多かったのが一番大きいのかな。人間同士のアンサンブルとか、理屈では説明できないものに魅力を感じるフェーズに入ったというか、そこは自然な流れだった気がします」
――今もデスクトップで作り込むことに興味はあるけど、また違うフェーズに来ていると。
「今回のアルバムのコンセプトとは違ったけど、また別口で、そういうのは作ってみたいですね。それこそ9月にリリースした“Stepsss (feat. Pecori)”はそっちというか、あれをなんでアルバムに入れなかったかというと、1人でほぼ完結させた曲だったからで。もちろんPecoriが歌を新しく入れてくれたんですけど、トラック自体は2023年くらいに作ったデモをブラッシュアップしたものでした。アルバムとはコンセプトが違うけど、でもいい作品になったから、シングルでリリースする形にしたんです」
――これまでPecoriくんが参加した曲と違って、肩の力が抜けていて、和久井さんも結構歌ってて、すごく新鮮でした。
「確かに、今までは勝負曲というか、ハードな感じが多かったけど、今回はPecoriに曲の相談をしたら、〈めちゃくちゃいい曲みたいなバラードにしたい〉って言われたんです。自分の中でバラードを作るという発想はなかったし、自分で歌うつもりもそんなになかったんですけど、でもサビだけちょっと歌ってみようかなと思って。今までの自分にはないタイプの曲になったので、すごく楽しかったです」