20世紀最高のロック・シアター作品がボックス・セットとして登場!

 これは、20世紀最高のロック・シアター作品です! ザ・フーの『トミー』やデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』等、あらゆるロック・シアターを見てきましたが、これは別格です。僕がロック・シアターの最高傑作と感じたのは本作とザ・キンクスの『プレザベーション』ミュージカルですが、当時これらの作品はロック・ファンには難解だったこともあり、結果的に彼らはより商業的な作品を作るようになりました。しかし、フィル・コリンズは、ジェネシスにおいてこの作品こそが彼の最高のパフォーマンスを含んでいると述べています。ポリリズムからワールド・ミュージックの要素も聴けます。

GENESIS 『The Lamb Lies Down On Broadway (50th Anniversary Edition)』 Rhino/ワーナー(2025)

 また、10代の頃に好きになったアルバン・ベルクの「ルル」やドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」と並ぶほど、この音楽劇は芸術的に洗練され、創造性に富んでいると思っています。ストーリーと歌詞の約98%を手がけたピーター・ガブリエルは非常に幅広い知識を持ち、「チベット死者の書」やカール・ユングの日記、アレハンドロ・ホドロフスキーの「エル・トポ」からのインスピレーションを受けています。さらに、17世紀のジョン・バニヤンの宗教書「天路歴程」の影響や19世紀の英国の詩人達ウィリアム・ワーズワースやジョン・キーツの影響もあれば、千夜一夜物語からギリシャ神話や中東神話の物語も入っています。しかも、聴くととてもエモーショナルな作品です。曲によってはパンクのように激しい。しかし、シュールレアリスムの影響もある。作品の後半ではアンビエントな曲から全くのインプロヴィゼーションから作られた曲も聴けます。音楽の種類はヴァラエティに富んでいますが、一つにまとまっています。タイトル曲は、これほど70年代のニューヨークの街の要素を詩的に表現できた曲は他にないと思っています。

 物語は、プエルトリコ系ニューヨークのティーンエイジャー、レエル (realのアナグラム)、が異次元に迷い込む様子を描いている。彼は最初、温かい繭に包まれるが、すぐにそれが檻に変わり、閉じ込められてしまう。逃げ出した彼は、出口を探す多くの人々と出会う。「チベット死者の書」で起きるように彼は自分の人生のフラッシュバックを見る。盲目の女性リリスに導かれて一つの出口にたどり着く。彼が長い廊下を歩いて行くと半人半蛇のラミアたちがいるプールに辿り着く。彼女たちに愛撫されるが、彼に噛みつくとラミアたちは死んでしまう。16曲目“The Lamia”は千夜一夜物語を思い起こすエピソードであり、また音楽はラヴェルの影響を感じさせる名曲です。次に町に到着すると、住民たちの皮膚は風船のように膨らんでおり、彼らはレエルに「お前も我々と同じ姿になった」と告げる。これは全員がラミアに遭遇した結果である。医師による去勢手術を受けた後、彼の頭上にはニューヨークが浮かび、帰還を望む。自分の気持ちをエモーショナルに歌い上げていますが、その時、川で溺れる兄弟ジョンの声を聞き、救出に向かう。しかし、救うと実際には溺れていたのは彼自身だった。最後に歌われる「今ここにある」という歌詞の歌は、カール・ユングの分析哲学における〈個体化〉についてである――無意識の要素(夢、積極的想像、自由連想などを意識化し、全体的な人格に同化させることで 自己の全体性を達成することです。

 ガブリエルはホドロフスキーと協力してこの作品の映画化に取り組みましたが、スポンサーを得ることができませんでした。21世紀に入り、ガブリエルはミュージカル制作を望んだのですが、楽曲の大半を作曲したトニー・バンクスが同意しなかったそうです。

 このボックス・セットには、マイク・ショウウェルの手によってアビイ・ロード・スタジオでリマスターが施され、ガブリエルとバンクスによる新たなリミックス、1975年の完全版ライヴ音源、60ページのブックレットが収録されている。