小田和正がホストを務めた音楽番組「クリスマスの約束」の初期3年間の放送回が、2025年12月24日にBlu-rayとしてリリースされた。「クリスマスの約束」は、2001年から2024年まで、20年以上にわたってクリスマスシーズンに放送された音楽番組として多くのファンから愛されてきたが、2001年の企画立ち上げの時点では番組として成立するのかどうかもわからない状態だった。「クリスマスの約束」の最初の3年間は、道なき道を切り開いた小田の苦闘の記録でもあるだろう。今回のBlu-rayのリリースタイミングで、この3年間を総括する。
ゲストが〈誰も来ない〉1人きりの「クリスマスの約束」
すべての始まりは2001年に放送された「クリスマスの約束2001…きっと君は来ない」である。〈現在あるものとは質の違う音楽番組を作れないか〉という番組の制作スタッフからの打診に応じる形で、小田が主導して企画は進められた。小田が制作にあたってとくに大切にしたのは、〈同じ時代を生きて音楽を創ってきた人たちを認め、愛し、尊敬すること〉だった。小田は1982年に日本版のグラミー賞の設立を目指した経緯がある。その計画は実現しなかったが、当時描いたビジョンは20年近くの歳月を経て、「クリスマスの約束」で花開いた。どちらの企画からも、ミュージシャンがリスペクトし合い、音楽で交流できる場を設けることで、音楽文化をより成熟させたいという意図が感じ取れる。

番組のサブタイトル〈きっと君は来ない〉は、山下達郎の名曲“クリスマス・イブ”の一節から付けられたものだ。小田は番組での共演を依頼する直筆の手紙を7組のアーティストに送った。その中の1人が山下達郎である。他の6組はSMAP、福山雅治、桑田佳祐、松任谷由実、宇多田ヒカル、櫻井和寿(Mr.Children)だった。「クリスマスの約束」とは、〈来ても来なくても歌う〉という小田とミュージシャンたちとの約束であると同時に、〈クリスマスに新しい音楽番組の公開ライブで会おう〉という観客との約束でもあるのだ。
記念すべき1回目は、小田のピアノの弾き語りによるオフコース“言葉にできない”から始まった。この曲の〈あなたに会えて ほんとうによかった〉というフレーズは、観客に対する小田の偽らざる気持ちでもあるだろう。ライブを行った会場は東京ベイNKホール(2001年~2003年まで同番組の収録会場として使用。2005年に閉館)。ライブはハガキ応募の当選者が招待客としてステージを囲むように配置されたため、小田にとって通常のコンサート以上に緊張を強いられるシチュエーションであった。曲によって小田がピアノやギターを弾きながら歌い、バンドやストリングスが加わっていく。番組は、小田のライブ映像の間に、手紙の執筆風景、インタビュー、番組スタッフとの会議などのドキュメンタリー映像が挿入される構成で放送された。
番組の序盤で、小田が観客に「今日は誰も来ません」と告げるシーンがある。ゲストとの共演は実現しなかったのだ。音楽番組に出演したことがない、既存の音楽番組への不信感がある、スケジュールの都合など、ゲストたちの不参加の理由はさまざまだった。だが、この番組が画期的だったのは〈誰も来ない状況〉すらもドラマとして成立させていたところにある。それは編集の妙とも言えるだろうが、実際にオンエアされた番組は予定調和とは真逆の、結末の読めないドキュメンタリーとして見事に成立していた。
山下達郎からの手紙と万感の思いが込められた“クリスマス・イブ”
初回の「クリスマスの約束」で演奏されたのは、小田が選んだ楽曲のカバーと自身の代表曲である。小田の歌うサザンオールスターズ“真夏の果実”、荒井由実“ひこうき雲”、宇多田ヒカル“Automatic”、Mr.Children“Tomorrow never knows”などなど、アーティストと楽曲へのリスペクトがたっぷり詰まっていながらも、独自の解釈を加えた歌と演奏は新鮮であり、かつ完成度も高かった。「自分の歌ではこんなに練習したことがない」とは番組内のインタビューでの小田の言葉だ。小田が1曲1曲に注ぎ込んだ情熱、気迫、執念は、画面からもしっかり伝わってくる。
1回目のハイライトは“クリスマス・イブ”である。長年にわたり〈犬猿の仲〉と目されていた山下達郎へ小田が直筆の手紙を送り、そして山下本人から返信が届いたこと自体がドラマティックだが、その手紙の内容も感動的だった。そこには欠席の理由とともに、“クリスマス・イブ”がオフコースに触発されて作った曲だったことや、小田がこの歌を歌うことへの感謝の思いが綴られていたのだ。小田が歌う“クリスマス・イブ”の〈きっと君は来ない〉というフレーズには小田自身の万感の思いが加わり、〈希望の歌〉というニュアンスが色濃くなっていた。共演は実現しなかったが、音楽を通じて小田と山下が繋がっている瞬間を目撃した気分になった。
番組の終盤で、「クリスマスの約束」のテーマ曲として小田が作った楽曲“この日のこと”の音源と録音風景の映像が流れた。小田が共演を依頼した手紙とは別口で、“この日のこと”を一緒に歌ってほしいとの呼びかけを行い、石原千宝美(現:千宝美)、大江千里、大友康平(HOUND DOG)、岡本真夜、加藤いづみ、辛島美登里、川村結花、Kiroro、コブクロ、SURFACE(レコーディングは椎名慶治のみ参加)、坂崎幸之助(THE ALFEE)、坂本サトル、佐藤竹善(SING LIKE TALKING)、財津和夫、鈴木雅之、スターダスト☆レビュー、CHAGE and ASKA、Vlidge、山口由子、山本潤子がレコーディングにアカペラで参加したのだ。ミュージシャンたちが互いに認め、愛し、尊敬し合うという小田の願いは、すでに叶っていたのだった。
最後の小田のMCはこんな内容だ。「約束をするのは心躍ることです。いざ、その約束を守ろうとすると大変です。あの歌もこの歌も大変です。でも約束を果たすとさらに大きな喜びがあることを身をもって体験しました。また新しい約束をして、その約束を果たせる日をいつか迎えたいと思います」。