京都からやって来た6人の男たち=Black petrol。大学のジャズ研を母体とし、サックスとキーボード、ラッパーを含むユニークな編成で、コロナ禍をはさみながらも、己の道をゆっくりと確実に進んできた。彼らの最新作『Diaspora』は、グライムやダブステップといったUKダンスミュージックをバンドで昇華した折衷的なサウンドで、都市に生きる精神的漂流者(ディアスポラ)へ応答を呼びかける。
バンド/ラップ/クラブミュージックのミクスチャーというスタイルは、ニュー・オーダーやランDMC、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのように、時代ごとに更新され、それぞれが一代限りの独自のやり方で、新たな音楽を生み出して来た。日本においてそれはSuchmosやcero、Dos Monosといった系譜に引き継がれているだろうが、Black petrolは西からやって来た、その最新形だ。前日に、仙台でのライブを終えたばかりの彼らに、東京でインタビューを行なった(ドラマーKuga Arumuは欠席)。

クラブの入り口になりたい
――京都で結成するまでの経緯を教えてください。
takaosoma(ギター)「〈ヤマノ・ビッグバンド・ジャズ・コンテスト〉という有名な大会があって、関西一円の大学がそこに向けて動くんですけど、そこで各大学のバンドが対バンしたり、いろいろ交流があって。メンバーはその中で互いに知り合った感じですね。だから、いろんなバンドの人間が寄り集まって結成した流れです。キーボードの石尾(紘樹)さんはジャズ研ではなくて、同じ大学の軽音楽部の副部長でした。ドラムの(Kuga)Arumuに関してはそれ以前の、中学時代から僕とバンドをやってた友達ですね。
〈売れるぞ!〉というよりは、やりたい音楽が合う人が少なくて自然と集まったって感じですね。ジャズ研はクラシックなジャズが好きな人が多くて、僕は浮いてたんですよ。その頃はまだ、SuchmosとかWONKとかが流行り出す前ですね」
――ラッパーが参加するようになったのは?
takaosoma「ラッパーがいたらいいよねという話になって、大学でサイファーをやってたラッパーをTwitter(X)で見つけて〈バンドでラップ、やってみない?〉とDMを送って。SOMAとはそうやって出会いました」
SOMAOTA(ラップ/ボーカル)「自分はもともと高校生のころにドラムもやってたし、バンドでラップするのは違和感がなかったですね。最初は僕を含めて、MCが4人もいたんですよ。それで小っちゃいライブハウスに出るんですけど、9人もステージに乗り切らないから、MCは客席の真ん中でずっとフリースタイルするライブでした(笑)」
takaosoma「最初の頃はメロコアのバンドとかと対バンして、どっちにとってもよくわからないみたいな(笑)。そういう時期が3、4年あったんですけど、京都のnanoってライブハウスの店長のモグラさんから〈多分もっとやりやすい場所あるよ〉と教えてもらって、そこからいろんな場所を知って、少しずつ活動が広がり始めた感じです」
――ライブハウスではなく、クラブではどうですか? 関西にも面白いハコはいろいろありますが。
安原大貴(サックス)「京都やと、メトロですかね。兵庫だとRINKAITENとか」
SOMAOTA「あとは大阪だとSOCORE(FACTORY)とCONPASSですかね」
takaosoma「僕やSOMAOTAは友達のイベントとかに遊びに行ったりしますけど、他のメンバーはそんなに、クラブ自体あまり行かないんですよ。なんというか、クラブって〈外〉に開いてないじゃないですか。でも、友達に誘われれば、行くし。だから僕らとしては、今のスタイルで友達を各地に増やしたいって感じですね。それはお客さんとかミュージシャンとか関係なくですね」
――友達が来てる、というのは行くきっかけとして大きいですよね。
takaosoma「クラブに興味があっても〈自分はオシャレじゃないし、クラブに行ってもいいのかな?〉という人は、いると思うんですよ。なので、あんまりキラキラしてない自分たちがクラブで企画とかをやることで、オシャレじゃなくてもいいし、怖い場所じゃないんで、遊びに来て下さいよという、窓口になりたいという思いはありますね」
SOMAOTA「クラブって、見えないルールというか、コード(規範)みたいなのはありますよね。僕もソロでクラブに出演したことは何度かありますが、そんなに馴染めなくて……」
takaosoma「クラブって〈カッコよすぎる〉んよな(笑)」
――バンドでありつつ、ラップやクラブミュージックもやる折衷的なスタイルで、お手本にした存在はいますか。
takaosoma「うーん、あんまり無いですね。最近になってちょっと〈近いかも〉と思ったのは、エズラ・コレクティヴやフレッド・アゲイン、あとカトパコ(カトリエル&パコ・アモロソ)とかですね。東京でも、自分たちと同じようなことをしてるなって人とは出会ってないですね」