現在における実験音楽本の決定版

ジェニ・ゴチョーク, 杉本拓, 若尾裕 『実験音楽 1970年から現代まで』 フィルムアート社(2026)

 本書は、そのタイトルからも明示されるように、1974年に原著が刊行されたマイケル・ナイマンによる著書「実験音楽――ケージとその後」のその後である〈1970年以降から現在まで〉を対象としたものである。ナイマンの著書が、そのタイトルどおり、ケージの“4’33””を起点として、1950年から1970年にかけての動向をとらえ〈実験音楽〉を定義しようとしているのにたいし、本書の〈1970年から現代まで〉という副題は、“4’33””にまつわる、多くの誤謬もふくめた受容のありようを整理し、そこから〈実験」本来の意味を再定義することから始まる。ゆえに、それはナイマンの〈実験音楽」観を、現在の視点から刷新することをふくめたものとなる。ケージに倣った〈その結果が知られていないような行為(による音楽)〉という定義と“4’33””を、〈実験音楽〉をひもとく参照点としたナイマンにたいし、本書に登場する1970年以降に起こった音楽におけるさまざまな実験は、現在にいたるまでの実験音楽というものの多様性を示している。

 監訳者の杉本拓によるあとがきにあるように、実験音楽は西洋クラシック音楽(いわゆる現代音楽)の亜目である前衛音楽の亜科として扱われてきた。ナイマンは、同時代のヨーロッパを中心とした現代音楽から実験音楽を異質なものにし、また区別される要素の端緒として、ケージによる実験音楽解釈と“4’33””を挙げた。杉本は、本書で扱われる作曲家や作品について、記譜や再現性をもったものよりも、そこから逸脱するような音楽(と言っていいのかわからないものも含めて)の方が、これまでの実験音楽本にくらべ〈桁外れに多く、幅も広い〉と言う。実際、本書の射程範囲は、ことなる名称を与えられてきた即興音楽、電子音楽から、フィールド・レコーディングやサウンド・アートの領域にまで広がる、これまでの実験音楽解釈に外延を与えるものである。さらには、それらの要素が、音楽という視点以外の要素によって分類され、現在から再定義されているのが特徴だ。

 目次を見るとそれがよくわかる。第一章が〈実験音楽を定義する〉とされ、〈不確定性〉〈沈黙〉といった、ケージの実験音楽解釈を引き継ぎつつ、整理と再定義を行なう。そして第二章以降が〈科学的アプローチ〉、〈物質性・身体性〉〈知覚〉〈情報、言語、相互作用〉〈場所と時間〉と続くのは、どこか現代美術の理論書のような趣がある。たしかに、実験音楽のアップデートされた領野とは、そうした問題系を共有した領域としたものであり、さまざまな音の可能性を探究する〈未知の場所に向かう〉ものなのである。