生誕100年に思う、マイルス・デイヴィス

 マイルス・デイヴィスの音楽は、ただ洗練されているという言葉では片付けられません。その冷徹なまでのクールな外殻の中には、常に熱い情熱と、何者にも縛られない〈自由〉が激しく脈打っています。

 赤や黄色のフェラーリで現れるミュージシャンなど、音楽シーンを見渡してもそうそう出会えるものではありません。チャーリー・パーカーの薫陶を受け、後年ではスティングと共演する。そんな唯一無二の生き方を体現できたアーティストは、音楽史においてマイルスをおいて他にいないでしょう。

 〈ジャズ〉という狭いジャンルの枠にとどまることを拒み続けました。ロック、ブルース、ファンク、果てはヒップホップまで。ジャンルの壁を軽やかに飛び越え、常に時代の最先端を切り拓いたのです。

Photo:Courtesy Don Hunstein/Sony Music Archives

 2026年、マイルスは生誕100年を迎えました。1991年に65歳でこの世を去ってからも35年(ちなみに、同じ1926年にはあのジョン・コルトレーンも生まれています)。時が過ぎても色褪せない演奏が残されました。ぜひ手に取って、聴いてみて欲しいと思います。

 マイルスは偉大なトランペッターであると同時に、誰よりも鋭敏な〈聴き手〉でもありました。時代ごとに変化する音楽、新しいテクノロジーによる音を吸収しました。そして、それを自らの血肉へと昇華する。その柔軟さと強欲なまでの探究心が、彼の音楽を半世紀以上にわたって新鮮なものにし続けたのです。

 ミュージシャンを見抜く審美眼も驚異的でした。信頼できると感じた才能には、迷わず声をかけ、その人の持つ可能性を極限まで引き出していく。ジョン・ルイス、レッド・ガーランド、エルヴィン・ジョーンズ、ビル・エヴァンス、ソニー・ロリンズ、ジョー・ザヴィヌル、ウェイン・ショーター、ジョー・ヘンダーソン、ロン・カーター、ハービー・ハンコック、チック・コリア、キース・ジャレット、トニー・ウイリアムズ、マーカス・ミラー、ケニー・ギャレット……。列挙すればきりがありません。現代ジャズの歴史を彩る名プレイヤーの多くが、〈マイルス・スクール〉の卒業生です。

 一般的にトランペットという楽器は、いかに速く、いかに高音を、いかに力強く吹くかという技術的な側面に注目が集まりがちです。しかし、マイルスの最大の魅力のひとつは、むしろその逆――〈音の少なさ〉にあります。

 一音を放った後、彼は長い〈間(ま)〉を置きます。その空白の時間に、私たちは聴き手としての想像力を激しく揺さぶられるのです。マイルスの音は〈弾かないこと〉がいかに雄弁であるかを教えてくれます。

 

 マイルス(本名:マイルス・デューイ・デイヴィス3世)の音楽的背景を語る上で、その生い立ちは無視できません。1926年5月26日、イリノイ州アルトンに生まれた彼は、当時の中西部では珍しいほど裕福な黒人家庭で育ちました。父は歯科医、祖父は広大な土地を持つ地主。自宅にはピアノがあり、レコード・プレイヤーがある。幼い頃からクラシック音楽のレッスンを受け、教養を身につけて育った少年だったのです。

 チャーリー・パーカーという〈破壊的天才〉との出会いが運命を変えました。1944年、名門ジュリアード音楽院に入学するため、ニューヨークに出ます。しかし、音楽院はすぐに中退。それでもチャーリー・パーカーのグループに参加し音楽的経験を積み、勃興しつつあった〈ビ・バップ〉の中でも独自のリリシズムで、頭角を現しました。

 今回ご紹介する4作品は、その次の時代、まさにマイルス・デイヴィスのアコースティック期を象徴する名盤たち。どれも彼の音楽に初めて触れる方にぴったりのラインナップです。しかも、SA-CDハイブリッドという高音質フォーマットで、音のきらめきや空気感までリアルに味わえるのが嬉しいところ。

MILES DAVIS 『ラウンド・アバウト・ミッドナイト(MONO+LIVE)』 ソニー(2026)

 『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』は、ジョン・コルトレーンとレッド・ガーランドを従えて、マイルスのリリカルな世界がたっぷり堪能できる一枚。しっとりとした夜の雰囲気と、彼の繊細なフレージングが耳にやさしく染みわたります。この作品の大ヒットが、マイルスを〈ジャズの帝王〉へと押し上げたきっかけと言われているのも納得です。

MILES DAVIS 『マイルストーンズ(STEREO/MONO)』 ソニー(2026)

 『マイルストーンズ』は、スモール・コンボによるモード・ジャズの先駆け。キャノンボール・アダレイのブルース感あふれるアルト・サックスと、マイルスの透明感あるトランペットが見事に溶け合います。コルトレーンとマイルスのピアノの共演も聴きどころ。繊細さと力強さが交錯する、その空気感に心が躍ります。

 ピアニスト、ビル・エヴァンスとマイルスの共演を堪能できるのが、次の2枚です。

MILES DAVIS 『カインド・オブ・ブルー(STEREO/MONO)』 ソニー(2026)

  『カインド・オブ・ブルー』では、クラシック音楽を愛する2人が、コード進行に縛られない自由なモード・ジャズを展開。エヴァンスの繊細なピアノをバックに、マイルスが詩のようにトランペットを歌わせ、コルトレーンが鮮やかに旋律を奏でます。全世界で300万枚を超えるロングセラーとなったのも当然でしょう。

MILES DAVIS 『アット・ニューポート 1958 エクスパンデッド・エディション(STEREO)』 ソニー(2026)

 そして『アット・ニューポート 1958 エクスパンデッド・エディション』は、ニューポート・ジャズ・フェスティバルでの熱気あふれるライブ音源に、同じメンバーで事前にスタジオ録音されたスタンダードとオリジナルの4曲を加えた贅沢な作品。

 このあとも、マイルスは孤高とも言える道を歩んでいきます。

 マイルスは単なるトランペッターではありません。彼の音は、世界に対して〈自由とは何か〉、〈変革とは何か〉を問いかけ続ける力を持っています。ジャンルの境界線をしなやかに飛び越え、過去の成功に安住することを拒み、常に最前線に立ち続けたマイルス。没後35年、生誕100年という節目にあっても、彼の放った一音は、今この瞬間も誰かの人生を揺さぶり続けています。次に何が起こるか分からない、あの心地よい〈緊張感〉こそが、私たちが今も彼を必要とする理由なのです。

 


Miles Davis(マイルス・デイヴィス)【1926-1991】
米国、イリノイ州出身のジャズ・トランペット奏者、作曲家、編曲家。〈モダン・ジャズの帝王〉とも呼ばれ、時代に応じて様々な音楽性を見せ、常にジャズ界を牽引した。ジュリアード音楽院に短期間在籍したのち、1945年にチャーリー・パーカーの19歳のサイドマンとして、初めての大きな録音を行う。その後、半世紀もの間ジャズの最前線に君臨し続けた。共演したサイドマンの名前を挙げ連ねると、それはそのままモダン・ジャズの歴史ともいえるような最高のミュージシャンが並ぶ。20世紀最大の音楽家/カルチャー・アイコンのひとりとしていまだに大きな影響力を持っている。

 


寄稿者プロフィール
山中千尋(やまなか・ちひろ)

ピアニスト/作編曲家。米メジャー・レーベルのデッカ・レコードとも契約を果たし、全米デビュー。米NBCラジオ、カーネギー・ホール、ケネディー・センターで自己のトリオで出演する他、米リンカーンセンターでのジェームス・P・ジョンソン・トリビュート記念コンサートにイーサン・アイバーソン、エリック・ルイスらとともにソロで出演。またラプソディー・イン・ブルーを東京都交響楽団、NHK交響楽団、群馬交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団と共演し絶賛を得る。2020新年にはニューヨークアポロシアターでの公演もソールド・アウト。今まさに活動の絶頂期を迎えているピアニスト。著書に「ジャズのある風景」(2013年、晶文社)がある。

 


マイルス・デイヴィス生誕100周年☆日本独自企画
●7インチ紙ジャケット仕様
●SA-CDハイブリッド・ディスク
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https://tower.jp/article/feature_item/2026/05/08/0101