セカンドアルバム『永遠なんて』をリリースしたシンガーソングライターの魚住英里奈。〈心臓を素手でつかまれました。/呪いと祈りが同じものであること知りました。〉と町田康がコメントを寄せ、灰野敬二や内橋和久、ASA-CHANGらと共演、豊田道倫が曲をカバーするなど、世代を超えてアンダーグラウンドシーンで注目されているシンガーソングライターだ。

今回は、危うく赤裸々でありながらも純粋な詞世界と変幻自在なボーカル表現が新たな領域に到達した『永遠なんて』について、また自身の出自について、文筆家つやちゃんによるインタビューで語ってもらった。 *Mikiki編集部

魚住英里奈 『永遠なんて』 魚住造船(2026)

 

毎日路上ライブをしてないと気が気じゃなかった

――魚住さんは、音楽活動はいつから始めたんですか?

「今の音楽活動は2017年です。20歳で上京して、その時から始めました。18歳くらいまで、熊本の地元でアイドルをしてて。特にやりたいことはなかったんですけど上京して、そこでアイドル時代に共演した友達が弾き語りのライブをするっていうので観に行ったんですね。それで、こういうステージの表現の仕方があるんだな、素敵だな、と思った。もうその日にライブハウスにメールした」

――出演したいと。

「はい。そうしたらライブハウスの方から、出演希望されるのであれば楽曲を3曲送ってくださいって。それで、曲がいるのか! なるほどそういうことか、じゃあ作ってみようって急いで3曲作りましたね。その時作った曲は、今でもライブでやってたりする」

――曲を作る前に、ライブハウスに連絡したってことですね。

「そうです。でも、それがなかったらたぶん今音楽活動はやってない。何かに追われてないと何もやらないので。そういった、若気の至りみたいなところからスタートしました」

――そこから2021年にファーストアルバム『ISO1600の花嫁』を出されました。それまでは、ひたすらライブを?

「初めてライブに出たのが2017年の8月で、そこから1年~2年くらい、渋谷もしくは新宿で路上ライブをやってた。終電後から始発までの時間帯に、毎日」

――毎日?

「はい、毎日。本当に毎日やってました。ただ、ライブハウスに出る機会も増えていったことで、1年経ったくらいで路上ライブは週3、4とかになってはいきましたけど。渋谷のスクランブル交差点の駅入口の地下に入っていくところとか、何箇所かで腰掛けて終電後にやってましたね。足を止めてくれる人もなかなかいないから、ここはもういいかなと思ったらちょっと散歩して」

――路上ライブをそれだけ毎日続けたモチベーションというのはどこにあったんですか?

「モチベーションかぁ。うわあ、もうね、シラフじゃおれないというか。寂しくて仕方ないから酒を飲む、みたいな感じじゃないですかね。こうしてないと気が気じゃないという感じだった。あの頃は、社会のどこにも属してないという漠然とした不安みたいなものがあったし、それを見ないようにとにかく歌ってるみたいな感じで」