
Photo by 阿部洋史
銀色夏生との密な関係から生まれた詞世界
――すごい! そんなシーンを見ることができたのは貴重ですね。そこからデビューに至るまではどう進んでいったのですか。
「ここからは本当に早かったです。何度もスタジオに行くようになって、スタジオにいること自体がすごく好きになりました。いろんな方と会う中で、ある日、近藤さんが銀色夏生さんを紹介してくれたんです。初対面でしたけど、とても気が合って、夏生さんも私を気に入ってくださったみたいで。
次に会った時には、書き溜めていた大量の詞を持ってきて、〈これを歌う人を探していたんだ〉と言われました。それから、その詞に曲を付けていく作業が始まったんです」
――ということは松永さんの楽曲は、詞先だったんですね。
「制作の経緯を振り返ると、結果的に曲先の方が多かったんですが、それでも3割くらいは詞先だったと思います。とにかく夏生さんとは何度もお茶をしたり、お家に遊びに行ったりして詞を書いてもらって。詞と曲が揃ってからは、キティの倉庫のような部屋に置いてあったピアノの前にこもって歌の練習をして、〈この曲どうかな〉なんて言いながら進めていきました」
――それも珍しいですね。松永さんのようなアイドル的な立ち位置の歌手であれば、楽曲を発注して上がってきたものを歌うという、流れ作業のようなパターンが多かったと思うのですが、曲作りからしっかりとコミュニケーションをとっていたんですね。
「たぶん、私のことをどう見せようか考えてくださっていたんだと思います。ラブソングであっても、その主人公は女とも男とも言えなくて、〈わたし〉っていう言葉をあまり使わず、〈きみ〉と〈ぼく〉が多かったので、ボーイッシュなイメージが多かったですね。
そうこうしているうちに、キティでちゃんと売り出そうって話になっていって、アルバムのコンセプトも少しずつ固まっていきました。そうしたら、ちょうど映画『うる星やつら』の新作が年明けに公開されるので、その主題歌にっていうことで急展開となりました」
――いきなりの大型タイアップという大抜擢ですね。
「それで、玉置浩二さんに曲を頼もうって話になったんです。私は楽器を弾かないし、詞や曲も書かない。ましてや、すっごく歌唱力があるっていうわけでもなかったから、だったらアイドルだねって。そういう枠に入れられたんです。
でも、ずっとスタジオにいるし、デモテープをもらった時点でさんざん練習もしているから、レコーディングのセッションの際から仮歌を歌詞も見ずに歌うことができるようになっていました」
――普通、アイドルはそんなことしませんよね(笑)。
「全然違うんです。でも、全然違うことすら知らなかったんです」
玉置浩二や小室哲哉、布袋寅泰ら豪華ミュージシャンが作り上げた音楽
――アルバム『微少女宇宙』には、玉置浩二さんはじめ、原田真二さん、小室哲哉さん、レベッカの土橋安騎夫さん、あがた森魚さん、羽田一郎さんと、すごく豪華な作家陣が参加していますが、このあたりの人選はどうやって決めたんですか。
「おそらく、ほとんどディレクターの近藤さんの判断だったと思います。キティ・レコードに関係のあるアーティストの方が多いですよね。作家もそうですし、演奏者もそうです。PINKのホッピー神山さんや、まだブレイク前だったBOØWYの布袋寅泰さんなども参加しています」
――久保田利伸さんもブレイク前ですよね。
「まだデビュー前で、マネージャーが同じ方だったんです」
――こういった方々からデモテープをもらっていたんですね。
「久保田さんのデモは、もう最初から突き抜けていて、びっくりしました。〈なんじゃこりゃ〉って思いましたね(笑)。ほかの作家の方とも、ほとんど直接お会いできました。私がずっとスタジオにいたから、たくさんの方と顔を合わせる機会があったんです。
ただ、あがた森魚さんとはお会いできなかったんですよ。でも最近になって、あがたさんが私に提供してくださった“少年宇宙”をセルフカバーしていることをファンの方から教えてもらって。それがきっかけで連絡をとり、ようやくお会いすることができました」