UK出身のシエナ・スパイロが、1stアルバム『Visitor』をリリースした。サム・スミスやエルトン・ジョンらがその才能を認め、現在上映中の映画「プラダを着た悪魔2」のサントラにも参加するなど次世代を担うシンガーソングライターのひとりとして、今まさに大きく羽ばたこうとしている。そんな彼女が完成させたデビューアルバムを、ライターの村上ひさし、文筆家のつやちゃんにそれぞれレビューしてもらった。
なお、タワーレコードでは〈タワレコメン〉7月度のアーティストの1組としてシエナを選出したほか、〈YO!GAKU TO THE FUTURE〉の最新アンバサダーとしても彼女をピックアップしている。こちらも要チェックだ。 *Mikiki編集部
ボンド映画のテーマソングも狙える逸材
by 村上ひさし
ルックスから、ファッションから、全身から醸し出されるオーラから、スター性を感じさせるシエナ・スパイロ。憂いを帯びた表情でこちらを見つめる写真1枚だけでも、彼女の独特な世界観に引き込まれてしまうのだが、歌声にはさらに驚かされる。大輪の花のような艶やかさと、燻し銀のような渋さを併せ持った、その歌声。一度耳にしたら忘れられないほど個性的な上、感情の乗せ方がとにかく特筆ものだ。
聴く者を一瞬で金縛りのような状態に陥らせる。その最も顕著な例が、先行リリースされたヒット曲“Die On This Hill”ではないかと思う。シンプルなピアノ演奏をバックに、優雅に、丁寧に、心を込めて歌い始めると、次第に切実さが増していき、弦楽伴奏も加わって、遂には熱い思いがマグマのように迸る。この1曲だけでも価値あるデビューアルバムではないかと思うのだが、アルバムとしてのコンセプチュアルな統一感や、古き良き時代のビンテージな肌触りも秀逸だ。すぐさま愛着を抱かせる。
ビンテージソウル色豊かな“This Is My House”でアルバムは幕を開け、ラナ・デル・レイを彷彿とさせる“We’re Not In Love”、エイミー・ワインハウス風の“He’s Not My Baby, I’m His”や、もちろんアデルを想起させるゴージャスな感涙系バラードも幾つか並ぶ。著名な宝飾職人の父親からの影響で、幼い頃からフランク・シナトラやエタ・ジェイムス、ニーナ・シモン、バーブラ・ストライサンドなどを聴いて育ったというが、どう考えても20歳とは思えない歌声と歌唱力で聴き手を圧倒する。いわゆるスモーキーボイスと呼ばれるタイプだが、あえてしゃがれ声と表現したいほど、既にたっぷり人生観や喜怒哀楽を感じさせてくれるのだ。
収録曲の多くで彼女と共に曲を書き、プロデュースを手掛けるオマー・フェディ(リル・ナズ・X、24kゴールデン)が、アルバム全体の監修を担当。演奏は全て生身のミュージシャンによるもので、豪華なオーケストラが導入され、ジャジーなニュアンスが差し挟まれ、レトロな雰囲気が満載だ。何かとレイの最新アルバム『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』との共通点が認められる。だが、シエナの方が、現代人がレトロなサウンドに触れた時に感じるモンドやキッチュといった感覚やエッセンスをより多分に持ち合わせている気がする。
個人的には、歌の上手さだけに頼ったバラード一辺倒のアルバムにならなかった点も正解ではないかと思う。筆者が最もエキサイトさせられたのは、まるで映画「007」シリーズのテーマ曲かと思わせる”Time, You & Me”だ。ひと際ゴージャスで、ディーバ的なアティチュードもたっぷり。ドラマティックかつスリリングな歌唱と演奏を披露する。これをきっかけに、「007」の次回作のテーマ曲のオファーが舞い込むのでは? というか自ら獲りに行っているという気も。彼女なら役者としての出演(ボンドガール?)もありそうとか思ったり……。
アルバムには、当然ながら恋愛を歌った曲が多く収録されているが、それだけではないのも、彼女のアーティストとしての奥行きを感じさせる、オープニング曲“This Is My House”には詩人のニキ・ジオヴァニのポエトリーリーディングが引用され、ラストナンバー“Mono No Aware”で日本語の〈物の哀れ〉という概念について歌い、さらに同曲のインストバージョン(日本盤限定ボーナストラック)で締め括られる。そんな構成も、心地よい余韻を残してくれる。
つい先日、ホイットニー・ヒューストンを手塩にかけて育てたクライヴ・デイヴィスが亡くなったが、彼ならシエナをどう育てるのだろうか、とふと思ったり。きっと彼なら、このアルバムに関して100点満点を付けるのは間違いないだろう。
