3月27日にリリースされるやいなや高い評価を得て、大きな話題になっているレイのセカンドアルバム『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』。壮大な音楽性とコンセプチュアルな構成、ヒット曲“WHERE IS MY HUSBAND!”に象徴されるユニークな歌詞など、あらゆる面で充実した大作だ。2026年を代表する洋楽作品になりそうな本作について、またレイというアーティストについて音楽ライター小林祥晴に解説してもらった。 *Mikiki編集部

RAYE 『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』 Human Re Sources(2026)

 

〈次のブリティッシュ・インヴェイジョン〉を担う新世代

昨年あたりからイギリスの新世代ポップシンガーたちが急激にグローバルな注目を集めているのは、多くの人が気づいていることだろう。2025年後半の顔であるオリヴィア・ディーンはグラミー賞で最優秀新人賞に輝き、“Messy”が大ヒットしたローラ・ヤングはそのディーンとグラミー賞を争った。ピンクパンサレスは“Stateside + Zara Larsson”がSpotifyとBillboardのグローバルチャートで1位を獲得。そしてディーンやヤングとブリット・スクールの同窓生であるレイは、“WHERE IS MY HUSBUND!”で念願の全米トップ20ヒットを物にした。

ニューヨーク・タイムズの言葉を借りれば、今まさに〈次なるブリティッシュ・インヴェイジョンが到来〉しているのだ。そんな中でリリースされた本稿の主役、レイのセカンドアルバム『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』は、波に乗る英国新世代の勢いを体感させると同時に、彼女自身の評価をさらに何段階も高めるであろう決定打だ。

 

苦しい下積み、性的暴行の過去、メジャーの抑圧……自身を解放する過程

2023年にアルバムデビューしたレイだが、そのキャリアは意外と長い。現在28歳の彼女は17歳でメジャーレーベルと契約し、2010年代後半よりメジャー・レイザーやデヴィッド・ゲッタなどのヒット曲でフィーチャリングシンガーとして活躍。ソングライターとしても、ビヨンセやチャーリーxcxなど多数の有名アーティストの楽曲制作に参加している。並行してソロ活動も行ってきたが、レーベルが何年もアルバムを出し渋り続けたことを理由に契約を解消。両親をマネージャーに据え、2021年にインディペンデントのアーティストとして再出発した。

デビューアルバム『My 21st Century Blues』(2023年)では、彼女が下積み時代に舐めた苦汁やその結果として引き起こされた問題が赤裸々に明かされている。権力者からの性的暴行、薬物依存、身体醜形障害――このアルバムでは、自分がこれから前に進んでいくために、一度過去のトラウマと正面から向き合って浄化するというプロセスが必要不可欠だったのだろう。

音楽的にはR&Bやヒップホップ、クラブミュージックなどを織り交ぜたサウンドが特徴で、ラップにも似た現代的なフロウと圧倒的な歌唱力は現在の彼女にも通じる魅力を放つ。このアルバムはイギリスで大ヒットし、ブリット・アワードで史上最多6冠を獲得するという偉業を成し遂げた。

下積み時代のレイは、「誰もが好きになるヒット向けの曲を書け」「音楽性を定めろ」とメジャーレーベルから強いプレッシャーをかけられていたという。だがその抑圧から自由になった彼女は、自分の創造性をどこまでも解放していく道を選ぶ。その結果として生まれたのが『My 21st Century Blues』だった。そしてそのファースト以上に自らのクリエイティビティを大きく爆発させたのが、このたび届けられた新作『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』である。

 

主人公、ナレーター、監督を一人で務めたミュージカル映画のようなアルバム

デビュー作の翌年にリリースされた3部構成、7分に及ぶ大曲“Genesis.”の時点で、レイに音楽的野心が漲っているのは明らかだった。しかしそれを踏まえても、新作での振り切り方には驚嘆せずにいられない。R&B、ヒップホップ、ポップ、クラブミュージック、スタジアムバラッド、ゴスペル、ビッグバンドによるジャズやソウル、さらにはディスコハウスなどが目くるめく勢いで展開し、映画音楽やミュージカルを想起させるドラマティックなストリングスが全体を彩っている。

巡りゆく四季をモチーフにした4部構成のコンセプトアルバムであり、全17曲73分と大ボリューム。一曲ずつ聴いても楽しめるが、やはり最初から最後まで通して聴くことで初めて意味を成す作品だろう。〈人々のアテンションスパンが短くなっているので、曲は出来るだけコンパクトに〉という現代の常識に真っ向から盾突く強烈な野心作である。

秋から始まり夏へと辿り着く本作のストーリーラインは明快で、失恋や成功後の心無いバッシングでどん底の状態にいる主人公が最終的には希望に向かって手を伸ばしていく姿を描いている。面白いのは、随所にメタ視点の語りが入ること。例えばソウルの伝説アル・グリーンが参加した“Goodbye Henry.”は、「これは悲しい曲、ハッピーに聴こえるかもしれないけど、全然そんなことない。(略)この曲のタイトルは“Goodbye Henry.”です」という語りで幕を開けるのだ。

まるでこのアルバムは、レイが主人公、ナレーター、監督の一人三役を務めるミュージカル映画を観ているようである。実際、彼女がアルバムに映画的な手触りを求めていたのは、劇伴さながらの壮大なストリングスがフィーチャーされた“Click Clack Symphony.”で、映画音楽の巨匠ハンス・ジマーを召還していること、そして最後の曲“Fin.”で映画のエンドロールさながらに関係者全員の名前を挙げて感謝を述べていることからも明らかだろう。

 

帰ってこられる安全な場所〈家族〉を求めて

黄金期のモータウンさえ想起させるサウンドを持つ大ヒット曲“WHERE IS MY HUSBAND!”は、アルバムのクライマックスである第4幕〈夏〉パート(13~17曲目)の冒頭に置かれている。理想の結婚相手が現れるのを待っているという歌詞のストーリー自体は、レイ本人が言うとおり〈古風〉かもしれない。だが、〈なんで彼は私を早く見つけないの? 捕まえたら説教もの、早く連絡してこいって誰か伝えて!〉と、女性の主体性と男性の情けなさが強調されている点は現代的である。曲名の最後が〈?〉ではなく〈!〉であることが象徴するように、レイは徹底的に強気だ。

興味深いのは、アルバムを通して歌われる再生の物語において、結婚が重要な意味を持っていることである。これは、レイにとって家族とは、人生における何より重要なセーフティネットだという意識の表れだろう。前述の通り、下積み時代に人間不信に陥ってもおかしくないような辛い経験をしてきた彼女は、独立後、両親をマネージャーに据えた。残酷なこの世界の中で、彼女が無条件に信頼できるのは家族なのである。

実際、このアルバムにおいて家族というモチーフは繰り返し現れる。レイに励ましの言葉をかける祖父母たちの音声はたびたびアルバムに挿入され、終盤における歓喜のディスコハウス“Joy.”には妹でシンガーのアマ(Amma)とアブソルートリーがフィーチャリングされている。レイにとって、家族とは苦難を乗り越えるのに欠かせない存在であり、何があっても最後には帰ってこられる安全な場所なのだ。だからこそ、家族という単位を未来へと繋いでいく行為である結婚というテーマが、本作のクライマックスに自然と収まったのだろう。

 

ヒットの法則を無視した芸術家の信念

『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』は、レイの強烈な音楽的野心に貫かれた、どこまでも過剰で濃密なアルバムだ。繰り返しとなるが、現代のヒットの法則は完全に無視している。そしてそれは、ヒットの法則に最適化することを求めてきたメジャーレーベルと決別したことによる解放感、あるいは自身の芸術を一切の妥協なく追求する覚悟の表れである。だからこそこのアルバムは、とても清々しい。この過剰さと濃密さには、一人の芸術家の確固たる信念が宿っている。

 


RELEASE INFORMATION

RAYE 『THIS MUSIC MAY CONTAIN HOPE.』 Human Re Sources(2026)

リリース日:2026年3月27日(金)
配信リンク:https://rayeofficial.com/thismusicmaycontainhope/

TRACKLIST
1. Intro: Girl Under The Grey Cloud.
2. I Will Overcome.
3. Beware.. The South London Lover Boy.
4. The WhatsApp Shakespeare.
5. Winter Woman.
6. Click Clack Symphony. (feat. Hans Zimmer)
7. I Know You're Hurting.
8. Life Boat.
9. I Hate The Way I Look Today.
10. Goodbye Henry. (feat. Al Green)
11. Nightingale Lane.
12. Skin & Bones.
13. WHERE IS MY HUSBAND!
14. Fields. (feat. Grandad Michael)
15. Joy. (feat. Amma & Absolutely)
16. Happier Times Ahead.
17. Fin.

 

■RAYE Information
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