作曲者を探す4人の虚人たち

 オペラというものは加算というか、乗算というか、そもそも要素の積み重ねでできているジャンルだが、ちょっと信じられるだろうか、このオペラには4つの音しか使われていない。

 作曲者のトム・ジョンソンはミニマル・ミュージックの理知的な側面こだわった作品で知られるアメリカの現代作曲家。ミニマリストを自称する数少ない作曲家で、パスカル三角形やメルセンヌ数といった単純な数学を援用した作品で知られる。規則的な反復と展開による、これらの作品では最初の数小節を聴けば最後まで予想がつき、本当に音楽はそのとおり進んでいく。なぜここにその音があるのか、すべてが客観的に説明でき背後に隠された謎はない。音楽と論理の関係を誰でも分かる形で提示する、類をみない音楽である。

 つまりはオペラが伝統的に担ってきた情緒性とは最も遠い所にいる作曲家といってもよい。ところが彼の最もよく知られた作品は実のところこのオペラなのかもしれない。現代音楽やミニマリズムといった世界からは遠い所でこの作品は大きな成功をおさめてきた。といっても、ジョンソンは何も二枚舌を使っているというわけではない。ミニマリストの極北のような普段の態度を少しだけ転換して見事なオペラに仕立てあげているのだ。

 4人の歌手とピアノのために書かれたこの一時間をオペラを、なんの予備知識もなしに聴いたら、もしかしたら4つしか音が使われていないことすら、しばらくは気づかないかもしれない、というくらいアリアもピアノ伴奏も自然に響く。まるで18世紀の作品のように聴こえる瞬間も少なくない。ミニマリズムと調性の相性の良さは周知のことだが、4音を調性と呼んでいいのだろうか。たったそれだけの音からこれだけの旋律を叩き出す手腕には驚くほかない。

「4音オペラ」のパフォーマンス映像

 オペラというにふさわしくここには物語があり、心情のドラマがある。どんなドラマか? それは4つしか音のないオペラを歌う羽目になった4人のオペラ歌手たちの心のドラマなのだ。歌手たちは音域をぼやき、テクニックの見せ場では自分を誇る。自らのプライドと葛藤し、楽曲を解説し、楽曲構造に翻弄される。これはオペラについて語るオペラ、〈メタ・オペラ〉なのだ。しかしこのような知的な構造はコミカルなものとして扱われ、深刻ぶることは微塵もない。笑いをもたらすことは知的で論理的であることとなんら矛盾しない。響きの平易さ、話の明快さは、論理性と見事に結びついている。そして時には音楽構造と歌詞が絶妙な絡み合いを見せるのだ。

 ジョンソンの音楽すべてに共通しているのは、この誰にでも分かるという側面なのだが、それは既存のものに似ているから、分かりやすく感じる、ということではまったくない。むしろ分かりやすくするために既存のものとは全然違ったものになっている。このことは芸術と社会の関わりの先行きを考える上で面白い知見を提供していると思うのだがどうだろうか。現代音楽は難解になって大衆から離れてしまったという批判がよくなされるが、ジョンソンの作品にはまったく当てはまらない。〈こういうものを見たことがない〉という理由で非難するならそれは単なる保守主義というやつである。

 このオペラと、先に述べたたぐいの音楽の抽象を極めた器楽作品とは、それでもかなり違って聞こえるかもしれない。しかし理詰めの作品でも決して機械的な音楽ではない。ジョンソンはいつも〈モーツァルトのように〉演奏されることを望んでいるし、本人は興が乗るとピアノを叩いて古い革命歌を喚き出すような、十分すぎるほどロマンティックな人なのだから。

 ピランデルロの「作者を探す六人の登場人物」から着想を得たことを作曲者は明らかにしているが、この手法の実験性と自己言及性、エンターテイメントの軽やかな結合から、私は筒井康隆の一部の作品を連想する。この明快な過激を是非体験して欲しい。分かりやすさの果てに音楽の神秘が少し垣間みえないだろうか?

 


EVENT INFORMATION
トム・ジョンソン:〈4音オペラ〉(The Four Note Opera)
★第1部
トム・ジョンソン:“ドア” Door(1978)
トム・ジョンソン:“七つまで数える” Counting to Seven(2012)
足立智美:“三音ぽんがく” The Three Note Pusic(2014) 委嘱初演

★第2部
トム・ジョンソン:“4音オペラ” The Four Note Opera(1972) 日本語版世界初演

出演:西本真子(ソプラノ)/加賀ひとみ(メゾ・ソプラノ)/布施雅也(テナー)/大山大輔(バリトン)/志村文彦(バス・特別出演)/藤田朗子(ピアノ)

■スタッフ
演出:恵川智美
コレペティトール:藤田朗子
照明:望月太介(A.S.G)
舞台監督:八木清市

■東京公演
2015年3月25日(水)杉並公会堂小ホール
開演:19:00■愛知公演
2015年3月28日(土)愛知県芸術劇場小ホール(愛知芸術文化センター地下1階)
開演:14:00

http://fournoteoperajapan.com/