運命をどう受け入れるのか――あのエイプリル・フールの後にはっぴいえんどが訪れることを祈らずにいられなかった人にとっては説明する必要もないだろうし、そうでなければ事の次第を改めて語る必要はない。いずれにせよ、逡巡の果てにSaoriiiiiはまた歌いはじめたのだから。

 音楽を離れた当初は「同世代の子たちは社会に出ていたし、自分も普通に働けるっていうことも嬉しかったんですよ」という思いもあったそうだが、「ないものねだりかも知れないけど、音楽が恋しくなって」戻ってきた彼女。2014年の秋にSaoriiiiiの名でお目見えしてからは、佐々木喫茶山本真平あんどりいらんど。)らの曲提供も受けて音源を制作し、配信リリースやCANDLESとのコラボも行いながらマイペースにライヴ活動を展開してきた。そんな1年半の足取りについて本人はこう振り返る。

 「久しぶりに人前で歌った時は、待っててくれた人が予想以上にたくさんいてすごく嬉しかったし、歌うのはやっぱり楽しかったですね。以前の私のライヴが好きで、楽曲が好きで、その時のような盛り上がりとか熱さをみんなが求めているのはすごくわかるんです。私も求めるものは同じなんですけど、そこで昔の面影を探してもらうんじゃなく、違う形であっても同じように楽しんでもらうためにはどうしたらいいんだろう、って考えたりもしました」。

Saoriiiii NOSTALGY Saoriiiii/On-do(2016)

 このたび初の全国流通盤として登場したミニ・アルバム『NOSTALGY』は、そうした状況に対する彼女なりの一つの回答なのかもしれない。昨年末にはライヴ会場限定盤『Thanks』という形で復帰後の音源をまとめたばかりだが、両作品の間には明確な線引きがあるという。

 「そこは自分の中で区切りがあったというか、『Thanks』の収録曲も素敵なんですけど自分の色が薄い感じもしていて、いま思うと〈ライヴをやるための曲〉っていう意識を優先していたところもあった気がするんですね。自分が歌ってて楽しいエレクトロとはずっと繋がっていたいけど、せっかくSaoriiiiiの活動を始めたんだから、次はもっと自分の考えや思いを入れた作品にしたかったんです。今回の『NOSTALGY』はコンセプト・アルバムみたいな感じで、いままでやってないポップな雰囲気の曲もやってみたくて」。

 その意識をもっとも明快に表現したのは、すでにMVも公開されているリード曲“チャップリン・オーケストラ”だろう。ダンサブルな電子音の世界で繊細な歌唱を泳がせてきた彼女とはまた異なる、明るく朗らかにスウィングする姿が楽しい。

 「一枚で遊園地みたいなアルバムにしたくて、最初に作ったのがこの曲でした。デモを聴いた時に『雨に唄えば』のワンシーンみたいな煉瓦造りの街を、チャップリンが軽快に歩いてるイメージが浮かんだんです。ここでは、一曲という短い時間で一人の人生を、すごく軽やかに書きたくて。〈嬉しいことも悲しいこともあるけど大丈夫だよ〉って。これまでのマイナス志向な歌詞が好きな方も多いと思うんですけど、今回は前向きに書こう、というか、こういうのも書けるんだよって(笑)。それから昔の喫茶店とか古い町並みを舞台にした物語のような詞が多くなって、気がついたら最初の〈遊園地〉っていうテーマは消えてました(笑)。一曲一曲の雰囲気は違うけど、〈レトロ〉というテーマでは繋がっていて、一つの作品にうまくまとまったかなと思います」。

 もともと昔からビートルズグループサウンズ松本隆が作詞した松田聖子の初期作など「自分とは違う時代に生まれたもの」に惹かれることが多かったという彼女だけに、エレクトロ・スウィング調の“バランタインtonight”や、昭和の青春映画のようなオールディーズ風の“港町ラブストーリー”も自然体で気負いがない。それは広く共有されるポップなノスタルジーを呼び起こすものだろう。前身の頃から彼女を支えてきたKANICRAFTのサウンドも彼女のヴィジョンを巧みに具現化。一方で、ドラムンベースの序曲“Retro Train”で過去への旅をアレンジしたInimmaは曲名そのままの眩しいダンス・チューン“Dancing Through the Night”も提供し、過去と未来が自在に繋がる様子も改めて見せつけてくれる。Cube Juiceによるリード曲のディスコ・リミックスも流石の出来映えだ。

 不満があるとすれば、あっという間に終わる短さぐらいか。とはいえ、この後にはまた違うテーマの作品をもう構想しているそうなので、ここからの軽やかな足取りも楽しみにしていきたい。

 


Saoriiiii
関西在住のシンガー。2007年より秋葉原の路上ライヴを中心に活動を開始。同年に初のシングルをリリースし、翌2008年にメジャー・デビューを果たす。徐々にエレクトロ志向に転換し、コンスタントなリリースとパフォーマンスで高い評価を得ながら、2012年4月1日まで活動。2014年9月のイヴェント〈ぐるぐる回る2014〉出演より現名義での活動をスタートし、CANDLES“Real world”への客演を経て、11月に“3cmディスタンス”を配信リリース。2015年は1月に“money”を配信し、12月にライヴ会場限定ミニ・アルバム『Thanks』を発表。注目を集めるなか、このたび初の全国流通盤となるセカンド・ミニ・アルバム『NOSTALGY』(Saoriiiii/On-do)をリリースしたばかり。