コラム

BUCK-TICK 『或いはアナーキー』

エレクトロニックでありながらオーガニック、実験的でありながら普遍的。ポップでアヴァンな新作が明示する、5人が5人であろうとする行為。それはつまり――

BUCK-TICK 『或いはアナーキー』

 2012年9月発表の『夢見る宇宙』以来となるオリジナル・アルバム。先行シングルとなった“形而上 流星”についても同じことが言えるが、『或いはアナーキー』という表題そのものに、いかにも意味深長そうな匂いが伴っている。〈或いは〉という接続詞が冒頭にあるということは、その前に何らかの言葉が置かれていて然るべきなのだが、果たしてそれは何なのか? もちろんその疑問についての答え合わせをすることが本稿の目的ではないが、僕自身のなかでの現時点でのそれに対する回答は、例えばロックンロール、もしくはポップ・ミュージックということになるかもしれない。

BUCK-TICK 或いはアナーキー Lingua Saunda/徳間ジャパン(2014)

 ポップでアヴァンギャルド――この作品の手触りを簡潔に言葉にしようとすると、そんな形容に行き着く。サウンド面での傾向としては、いわゆるエレクトロニック・ミュージックが制作上のキーワードのひとつだったはずだということが随所から窺える。各楽曲でマニピュレーターやプログラマーが迎えられている事実(BUCK-TICKファンにはお馴染みの横山和俊Cube Juiceや、三代堅POLYSICSハヤシヒロユキGARIYOW-ROWの名前がクレジットされており、さらには森岡賢がピアノで参加している楽曲もある)は、そうした作風を具体的に象徴しているし、そうした予備知識を持たずに触れても、今井寿がメイン・ヴォーカルをとるオープニング・ナンバー“DADA DISCO - G J T H B K H T D -”のテクノ・ロックな炸裂感が耳に飛び込んできた瞬間、リスナーの多くは今作の音楽的テーマを察知することになるはずだ。

 しかし厄介なのは、実は本作がそうしたテーマに縛られたものでは全然ないということだ。矛盾することを言っているようだが、いわば〈エレクトロニック・ミュージックをある種のお題目としていながらも、結果的にはあくまでBUCK-TICK然としたバンド・サウンドにしか聴こえないもの〉として完成されているのだ。実際、全14曲の収録曲のなかでの音楽的な振り幅は非常に大きく、あからさまに疾走感を追求したものもあれば、哲学的な匂いのするダークな楽曲も、無邪気なダンス・ナンバーも散りばめられている。アナーキー(無秩序)という言葉が表題に冠されていることにも頷けるような、掟破りな破天荒さがそこにはある。しかも、それらすべてにおいて今様のエレクトロニックな手法が用いられているにも関わらず、むしろオーガニックな感触があるのだ。極めて実験的であるにも関わらず普遍性の高いものに聴こえる、という言い方もできるだろう。

 不思議なものだが、BUCK-TICKはそもそも普遍性とはむしろ無縁のはずのバンドだった。彼らのディスコグラフィーは、躊躇なく時代の一歩先に足を伸ばしながらジグザグに変容を重ね続けてきた進化/深化の歴史そのものだと言える。が、実はそうして長きに渡り洗練の過程を経てきた彼らのイビツな音楽は、いまや〈BUCK-TICKらしいとしか言いようのないもの〉という独自の普遍性を持つようになっている。しかもそれがどんなに陰鬱なムードの曲だろうと、そこには必ず上質なポップネスが伴っている。

 そして忘れてはならないのは、ポップ・ミュージックとは本来、既成概念を破壊しながら革命的な匂いを漂わせる前衛的なものであったはずだということ。ここにはBUCK-TICKという日本が誇るべきロック・バンドによる、鋭利で多面的で深みのあるポップ・ミュージックが詰まっている。しかもそれは、〈ポップ〉ではあっても〈ポップス〉ではない。BUCK-TICKがBUCK-TICKであろうとすること――それは当然の本能的活動、或いはアナーキーな行為なのかもしれない。

 

▼BUCK-TICKの作品

左から、2012年作『夢見る宇宙』、2014年のシングル“形而上 流星”(共にLingua Saunda/徳間ジャパン)
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