鼓膜を刺激する実験的なサウンドも面白いけれど、仕事や作業に集中したいときでもスッと耳に馴染むような、あるいは無意識のうちに再生ボタンをまた押してしまうような、時代に流されないグッド・メロディーこそがインディー・ロックを聴く醍醐味だと考えるリスナーは少なくないだろう。ヒッポー・キャンパスのデビュー・アルバム『Landmark』を聴いた今となっては、その想いは一層深まるばかりだ。

ヒッポー・キャンパスは、ミネソタ州セントポール出身のインディー・ロック・バンド。トゥー・ドア・シネマ・クラブを彷彿とさせる疾走感たっぷりのギターで駆け抜けたかと思えば、ルミニアーズやオブ・モンスターズ・アンド・メンにも通じる土着的/祝祭的なアンサンブルも得意としており、未だ20代前半とは思えないほど完成されたソングライティングやライヴ・パフォーマンスが高い評価を得ている4人組である。

今回は、良質なバンドゆえに〈地味〉と一蹴されかねないヒッポー・キャンパスの魅力と、文字通り記念碑的なレコードとなり得そうな『Landmark』のサウンドの秘密に迫ってみよう。

 

様々な音楽的影響を匂わせるサウンドに、キラリと光るメロディー・センス

ヒッポー・キャンパスを構成するメンバーは、ジェーク・ルッペン(ヴォーカル)、ネイサン・ストッカー(ギター)、ザック・サットン(ベース)、そしてウィストラー・アレン(ドラム)の4人。彼らはもともとセント・ポール・コンサバトリー芸術学校の同級生で、それぞれ別のバンドで活動しながらミュージシャンとしての道を志していたそうだ。

2013年にヒッポー・キャンパスを結成すると、翌2014年にはミネソタの大先輩にしてスロウコアの代名詞、ロウのアラン・スパーホークをプロデューサーに迎え、デビューEP『Bashful Creatures』をリリース。青臭くもエモーショナルなギター・ロックを基軸に、10代特有の不安や皮肉をにじませた歌詞、あるいはキラリと光るメロディー・センスを散りばめたこのEPは早耳のリスナーやメディアから絶賛を浴び、地元のラジオ局KCMPをはじめパワープレイを獲得。当時の代表曲“Suicide Saturday”は、ポスト・パンク風のリフと弾けるようなサビのコントラストがクセになるナンバーだ。

続く2015年には〈SXSW〉でのショーケース・ライヴを大成功に収め、コナン・オブライエンが司会を務めるアメリカの人気番組〈Conan〉で、初のTVパフォーマンスも披露。その後はアルバム発表前の新人にもかかわらず、〈ロラパルーザ〉や〈レディング&リーズ〉といった大型フェスティバルに出演を果たし、マイ・モーニング・ジャケットやモデスト・マウス、ウォーク・ザ・ムーンらのサポート・アクトにも抜擢……と、当時の彼らがいかに大きな注目を集めていたのかが窺えるだろう。そうした経験がダイレクトに反映されたのか、同年10月にリリースされたセカンドEP『South」では、早くも1975やマムフォード・アンド・サンズに匹敵するスケール感をモノにしていてファンを驚かせた。

『South収録曲“Violet”
 

改めてEP時代の楽曲を聴き返してみると、一体感バリバリのコーラスワークはすでに十八番だったようだが、ポスト・ロックや初期フォールズのようなマスロックからの影響を匂わせる、美しいギター・アルペジオが耳に残る。また、『South』のラスト・トラック“The Halocline”ではジャズを意識したようなサックスの音色が確認できるし、この〈まだ方向性の固まってない感じ〉が初々しくて逆に新鮮だ。では、その音楽性は『Landmark』でどれほど劇的な変化を遂げているのだろうか?

 

音響的アプローチを試みつつも、根っこにある歌がブレない強み

フォールズやトゥー・ドア・シネマ・クラブ、さらにジュリア・ジャックリンなどを擁するレーベル、トランスグレッシヴからのリリースとなった『Landmark』は、ピッチの狂ったメロディーが音響フォークを思わせる “Sun Veins”で幕を開ける。落雷や雨水が滴る音の後、雲の合間を縫うようにアコギのリフが飛び込んできて、“Way It Goes”へと雪崩れ込むオープニングはまるで映画みたいだ。

HIPPO CAMPUS Landmark Transgressive/HOSTESS(2017)

 今作のプロデューサーは、ボン・イヴェールの『22, A Million』(2016年)に参加し、ジェイムス・ブレイクの『The Colour In Anything』(2016年)などでエンジニアとしても辣腕を振るったBJ・バートン。ノイズ混じりのざらついたサウンドと、生楽器をよりダイレクトに、エモーショナルに響かせることに関しては比肩する者がいない手練だけに、その音響的なアプローチは随所で冴え渡っている。“Vines”での小気味良く軽快なハイハットの刻み、もしくは“Simple Season”におけるトクマルシューゴ並みに複雑かつファンタジックな音像は、間違いなくバートンの功績によるものだろう。

しかし、冒頭でも述べたように、そういった実験的/音響的アプローチを試みつつも、根っこにある歌やメロディーがまったくブレないところがヒッポー・キャンパスの強みなのだ。デビュー当時のヴァンパイア・ウィークエンドのようにキャッチーで人懐っこいポップス“Western Kids”、どこかオリエンタルな雰囲気をまとった“Poems”、とびきりノイジーで壮大な“Interlude”を挟んでからのフィナーレ“Buttercup”などなど、汲めども尽きぬ名曲のオンパレードながらも既発EPとの被り曲はナシ(!)。そんな彼らのセンスとエネルギーが最大級に爆発しているのが、リード・シングルの“Boyish”だ。底抜けにハッピーで多幸感にあふれたこのナンバーは、世界中のフェスでアンセム化するポテンシャルを秘めている。

 

自然体でリスナーの脳内を引っ掻き回していく、卓抜したリリック・センス

そして、サウンド以上に興味深いのが歌詞だ。“Way It Goes”における〈手持ちのレコードに針を落とす/そのほとんどがペイヴメント/Dr.マーティン履いて90年代のソウル〉というラインは、ヒッポー・キャンパスのアイデンティティーそのものを思わせる名リリックだし、〈火曜日〉をテーマに柔らかなタッチで恋愛模様を綴った“Tuesday”の手腕もお見事。また、どこか映画「ラ・ラ・ランド」の世界をイメージしてしまうストーリーテリング“Poems”、過去に起きたモンスーンの被害やトラウマを吐露するようなバラード“Monsoon”など、曖昧な言葉と固有名詞を巧みに使い分けながら、自然体でリスナーの脳内を引っ掻き回していくリリック・センスは、まさに〈才能の塊〉と言うほかない。

ちなみに、イギリス絵画の巨匠にしてポップ・アートの旗手、デイヴィッド・ホックニーを連想させるアートワークは、ネイサンいわくバンドのリハーサル・スペースをモチーフにした絵なんだそう。彼はこうも語っている。

〈部屋の中のすべてのアイテムは、アルバムの曲を表しているんだ。カレンダーは"Monsoon"、外の木は"Boyish"、ボクシング・グローブは"Buttercup"。部屋自体が僕たちにとってはランドマークだから、そこに敬意を払いたかった。僕たちの人生にすごく直結している場所だからね。曲を書くために多くの時間をそこで過ごしてきたし、すべてが始まった場所。そう、バンドはここから始まったんだ〉

バンドは現在、『Landmark』を引っさげて絶賛USツアー中。すでにNYマンハッタンの老舗ヴェニュー、アーヴィング・プラザを即完させるほどの人気っぷりのようで、フロアはお洒落なファッションで決めた男女でパンパンだったとの情報もあり、もはや日本でのブレイクも時間の問題だ。今もっとも旬なインディー・ロックを聴きたければ、ヒッポー・キャンパス一択なのである。