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文化都市ハンブルクでNDRエルプフィルと最新のホールで録音、私にとって1つの夢が叶いました

 1982年にポーランドで生まれたクシシュトフ・ウルバンスキが2017年3月、首席客演指揮者のポスト(2015年9月~)にあるNDR(北ドイツ放送協会)エルプフィルハーモニー管弦楽団(旧・北ドイツ放送交響楽団)との日本ツアーを成功させた。09年に初来日、13~16年には東京交響楽団の首席客演指揮者を務めたのでコアなファンには知られた存在だが、ヨーロッパの楽団を率いての全国ツアーは初めて。「日本に来ることは自分にとって、いつも特別な体験。芸術への評価が高く、ステージ上の全音楽家が聴衆の愛情を実感しながら演奏している」。そこへ「NDRエルプフィルという特別なオーケストラ」とともに帰ってきただけに連日、気合の入った演奏で客席を沸かせた。

 エルプフィルの何が「特別」なのだろう。ウルバンスキは語る。「ドイツには放送交響楽団、歌劇場の管弦楽団ほか数多くのオーケストラが存在するが、長い歴史の中で最も重視されてきたのは『サウンド・クオリティー(音色の質感)』だ。それぞれの団体が経験に裏付けられた独自のやり方で、固有の音色を究めてきた。エルプフィルでは恐らく、ギュンター・ヴァントが首席指揮者だった時期(1982~91年)にクオリティーの基盤をつくり、独特のダークな音色を育んできたのだろう。残念ながら面識はなく、往年の録音を聴くしかないが、古参の楽員たちは今もヴァントとの仕事を振り返り、いかに特別な存在だったかを語る。一方、放送オーケストラとしての柔軟性にも事欠かず、いつ来ても反応が素早く、大いに触発されもするので、幸せだ」

 今年1月11&12日にはオーケストラの新しい本拠、エルプフィルハーモニー・ハンブルクが完成式典を行った。古い倉庫の上部を高層化したユニークな建築の中のホールで、音響設計は日本の豊田泰久が手がけた。ウルバンスキによれば「誰もが美しいと感じる内装と、画期的な音響を併せ持つ素晴らしいホール」で、「ハンブルクへ客演する際に泊まるホテルも同じ建物の中にあって、モダン&ビューティーの環境を満喫している」という。従来の演奏会場、ライスハレは古い建物で「すべての響きがまろやかに溶け合う心地の良いホールだった」。これに対しエルプフィルハーモニーは「すべての演奏者の音が聴こえ、楽曲の中で複雑に絡み合う声部の1つ1つが明瞭に浮かび上がる。驚異の分離をいかにして、均質な音像へと統合するか。先端的な音響を得た機会をとらえ、NDRエルプフィルとどのような演奏解釈を創造するかは、私にとっても大きな挑戦だ」と意気込む。ウルバンスキは現在の首席指揮者、トーマス・ヘンゲルブロックらが振った複数の開場記念公演を数週間にわたり「すべて異なる位置の座席」で聴き続け、自身の解釈の方向性を練りあげてきた。

 首席客演指揮者に就いて以来、すでに2枚のアルバムをリリースした。最初が母国の20世紀を代表する作曲家ルトスワフスキの《交響曲第4番》《管弦楽のための協奏曲》など、次が来日公演の曲目でもあった「交響曲第9番《新世界から》」ほかのドヴォルザーク。いずれもライスハレでの録音だった。今後はエルプフィルハーモニーでの録音に移り、やはり来日曲目だったR・シュトラウスの「交響詩《ツァラトゥーストラはかく語りき》」が発売を控えている。さらにショスタコーヴィチの「交響曲第5番」も収録リストに上がっており、「年に2、3点のペースでリリースする」計画だ。「特別の響を持つエルプフィルとの録音は私にとってDream comes true、夢の1つが叶ったことを意味する。何より放送局のオーケストラとして録音の経験が豊富で、ライヴでの素晴らしさに加え、セッション録音でも刻々と色彩を変えていける柔軟性が備わっている」

 今後も「特定の時代や文化圏に偏ることなく、多様な作品を手がけていきたい」と語る半面、母国ポーランドの作品にはまた、別格の思いを抱いているようだ。ルトスワフスキ、ペンデレツキ、キラールら20世紀の大家は折に触れて指揮しているが、「ポーランドを出る前はプロフェッショナルな活動をしていなかったので、より若い世代の作曲家との共同作業は今後の課題」という。2016年6月にはNDRのロルフ・リーバーマン・スタジオでドイツ・グラモフォンのセッションに臨み、ポーランド系カナダ人の若いピアニスト、ヤン・リシエツキとともにショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」「ロンド・クラコヴィアク」「モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』の《お手をどうぞ》の主題による変奏曲」「ポーランド民謡による幻想曲」を録音した。ウルバンスキとしては珍しい古典的な作品の伴奏仕事だが、エルプフィル伝統のダークな音色を生かしながらも透明度と俊敏性を高め、きりっとした響きの美しさを際立たせる手腕――来日公演で演奏したドヴォルザークの「新世界から」でもはっきり、確認できた――はここでも、目覚ましい成果を上げている。

 ハンブルクにはヘンゲルブロック、ウルバンスキを擁するエルプフィルのほか、ケント・ナガノを音楽総監督(GMD)、ジョン・ノイマイヤーをバレエ部門の総裁(インテンダント)に戴く歌劇場がある。「北ドイツというより世界でも屈指の文化都市」で継続した仕事の機会を授かったことに、ウルバンスキは深く感謝している。