コートニー・バーネットを中心に広がる、豪州シーンの新たな見取り図
「特にアルバムの青写真とかコンセプトは無かったのよ」と語るアレックスだが、この良い意味でウェルメイドかつ取っ付きやすいプロダクションは、プロデュースからエンジニアリング、ミキシング、さらに楽器演奏まで手がけたオスカー・ドーソンの功績が大きいはずだ。
彼は2010年までベルリンを拠点に活動していた豪州バンド、デュークス・オブ・ウィンザーのギタリストで、現在はホーリー・ホーリーというユニットを率いるメルボルン・シーンの重要人物。初期のミシェル・ブランチを彷彿とさせるSSW、アリ・バーター(彼女は『I Love You〜』にもコーラスで参加)のデビュー・アルバム『A Suitable Girl』(2017年)をプロデュースしているほか、先述の『B-Grade University』のレコーディングも全面的にバックアップするなど、アレックスの良き理解者であると同時に、SSWの魅力を引き出すのが本当に上手い。では、メルボルンで暮らすアレックスにとって、オーストラリアの音楽シーンはどんな刺激があるのだろうか?
「私自身もすごくエキサイティングだと思ってるわ。なかでもジュリア・ジャックリンは大好きで。彼女とは友達でもあるんだけど、素晴らしいソングライターでありパフォーマーだと思っているから、海外でも認知度が上がってきたことが自分のことのように嬉しい。私が知ってるメルボルンのアーティストでオススメなのは、私の友人でもあるアイリッシュ・ギリガン(Eilish Gillian)。彼女はエレクトロニクスを上手に取り入れた音楽を作るんだけど、作る曲作る曲、絶対みんなにウケるだろうなって曲を生み出すの。あと、ミドル・キッズっていうシドニーの3人組もとても良いバンドよ」。
そしてオーストラリアといえば、真打ちのコートニー・バーネットもアレックスとほぼ同時期に新作をリリースする。それも、米フィラデルフィア出身の長髪の吟遊詩人=カート・ヴァイルとのコラボ・アルバムという、これ以上ないほど理想的な組み合わせだ。その作品『Lotta Sea Lice』には、ダーティー・スリーのジム・ホワイトとミック・ターナーをはじめ、近年はPJハーヴェイのツアーにも帯同するミック・ハーヴェイといった〈ニック・ケイヴ人脈〉のレジェンドが参加しているだけでなく、ウォーペイントのステラ・モズガワ(実は彼女もシドニー出身)も3曲でドラムを叩いている。先述したアレックスの発言や、『Lotta Sea Lice』のクレジットを頼りに、彼らのディスコグラフィーをディグってみるのもおもしろいだろう。
ここまで、本稿ではあえて〈女性シンガー・ソングライター〉という言葉を使ってこなかったが、優れた音楽を前に人種や性別でバイアスをかけることほど野暮なことはない。以前、メルボルンを拠点とするフォーク・ロック・シンガーのジェン・クロアーが、音楽業界において女性がいかに不平等な扱いを受けてきたのかを発信した文章が話題になったのだが、アレックスも「音楽を作るうえで自分のジェンダーを打ち出すつもりはないし、関係ないじゃん、と思ってる」と、彼女の声明を支持するひとりだ。
コートニーのファンには言うまでもないが、そのジェンこそがコートニーの恋人であり、上に貼った“Continental Breakfast”のビデオにも登場している。彼女はコートニーが主宰するレーベル〈ミルク!〉のマネージャーも務めており、メルボルン・シーンにおけるゴッドマザー的な存在だと思ってもらえば良いだろう。ミルク!にもフレイザー・A・ゴーマン(Fraser A. Gorman)、ジェイド・イマジン(Jade Imagine)、ハチク(Hachiku)といった魅力的なSSWが多く在籍しているので、この機会にチェックされたし。お互いのビデオにカメオ出演することも多いようで、彼らの人間性やレーベル内の温かなヴァイブスも垣間見える。
そういえば、職業作家から押しも押されぬポップ・スターへと転身を遂げたシーアもまた、オーストラリアのアデレード出身。日本と同じく孤立した国でありながら、J-Popのようにガラパゴス化することなく、常に欧米のシーンとの同時代性が感じられるのは、やはり英語圏ならではの強みなのかもしれない。あなたもぜひ、深くて広〜いオーストラリア音楽の沼にハマってみてはいかがだろうか?