田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、この一週間に海外シーンで発表された楽曲のなかから必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。エンタメ界的にはアカデミー賞授賞式が終わったところで、話題がオスカー一色ですね」

天野龍太郎「作品賞へのノミネート作だけでも、ケンドリック・ラマーが関わった『ブラックパンサー』、レディー・ガガ主演の『アリー/スター誕生』、そして言わずもがなクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』と、今年は音楽的にも見逃せないオスカーでした」

田中「主題歌賞はレディー・ガガ&ブラッドリー・クーパーの“Shallow”が獲りました。ほぼ予想どおり?」

天野「ケンドリック・ラマー&SZAの“All The Stars”に獲ってほしかったな~。作品賞は『グリーンブック』で、クボケンさんが予想されてた『ROMA/ローマ』は惜しくも受賞を逃しました」

田中「アカデミー賞の話題はこのあたりにして、それでは今週のプレリストと〈Song Of The Week〉から。ちなみに、今週は5曲すべてが女性アーティスト/女性がフロントのグループによるものでした!」

 

Empath “Soft Shape”
Song Of The Week

田中「今週の〈SOTW〉はエンパスの“Soft Shape”!」

天野「昨年のEP『Liberating Guilt And Fear』で一躍注目を集めたフィラデルフィア出身の4人組ですね。ノイジーかつポップなパンク・サウンドが持ち味で、不思議な魅力のあるバンドです」

田中「ですね。そんな彼女たちが、いよいよファースト・アルバム『Night On Earth』を4月5日(金)にリリースすることを発表。合わせて、同作より“Soft Shape”が公開されました!」

天野「今回もめちゃくちゃユニークな曲ですね。シンセ・ベースとカッティング・ギターはファンキー。でもドラムの音はぐしゃっと潰れてて、ローファイ感とトラッシュ感がたっぷり。さらにテルミンみたいな音がずっと鳴ってて、60年代のサイケっぽい浮遊感もあります。なのにメロディーはめちゃくちゃポップで、ハートに刺さるエモさがあるという。僕は90年代のオリヴィア・トレマー・コントロールを思い出しました」

田中「ヴォーカリストのキャサリン・エリクソンの魂から絞り出すような歌唱も堪りません。ミュージック・ビデオもストレンジですね。捨てられた人形に埋まりながらエリクソンが歌っています。不気味というか、ちょっと怖い(笑)。この世界観はいったい……」

天野「でも、ユーモアがありますよね。彼らをリリースしているゲット・ベターはクィアのアート――特にパンク、ハードコア、オルタナティヴ・ロックといったジャンルのミュージシャンをサポートするために運営されているとか。彼女たちのある種の〈奇妙さ〉は、レーベルのカラーでもあるのかも」

田中「いま調べたらシアー・マグのカセットとかも出しているレーベルなんですね! エンパス自体がクィアかはちょっとわからなかったんですが、ヴィジュアルからはたぶんそうかなと」

天野「エンパスはBandcampで〈gay ass rock〉なんてタグを付けてますね

田中「本当だ。そういった〈周縁〉と思われていた存在がポップを再定義していくことは、歴史が証明していますよね。なので、そんな視点も含めた〈SOTW〉への選出です!」

 

Alex Lahey “Don't Be So Hard On Yourself

天野「次はアレックス・レイヒーの新曲“Don’t Be So Hard On Yourself”。彼女については2017年のファースト・アルバム『I Love You Like A Brother』についてのコラム記事を掲載しました

田中「ええ。メルボルン出身、元気いっぱいのポップ・パンク・サウンドが魅力のシンガー・ソングライターです!」

天野「この曲は5月17日(金)にリリースされるセカンド・アルバム『The Best Of Luck Club』からの最初のリード・シングル。疾走感たっぷりの8ビートとシンガロングできるキャッチーなメロディーが最高ですね!」

田中「間奏のサックス・ソロもヤバいですよ。ブルース・スプリングスティーンの“Born To Run”などを想起せずにはいられない、豪快な吹きっぷり。MVではレイヒー本人が吹いてて、逆光でシルエットになるところとか、確信的な演出にも笑ってしまいました。GELLERSの“Cumparsita”かよって」

天野「新作はまずナッシュヴィルでの作曲からスタートし、地元のメルボルンで録音したとか。ナッシュヴィルでは1日12時間部屋に籠って曲を書くこともあったらしく……。そんなハードワークの後に近くのバーで一杯やり、その場にいた人と話して帰る――その別れ際の挨拶〈元気でね=best of luck〉という言葉がタイトルになったようです」

田中「この曲のタイトルも〈がんばりすぎるな〉だし、どんだけナッシュヴィルの作曲作業がしんどかったんでしょうか……。それにしても、コートニー・バーネット以降と言うべきか、オーストラリアには素晴らしい才能を持った女性SSWたちが揃ってきていますよね。ジュリア・ジャックリンはリリースされたばかりの新作『Crushing』が最高でしたし、〈フジロック〉への出演が発表されたステラ・ドネリーなど、それぞれ微妙に音楽性が違っているのもおもしろいなーと思います!」

 

Jay Som “Simple”

天野「3曲目はジェイ・ソムの新曲“Simple”。オークランド出身、現在はLAを拠点に活動するシンガー・ソングライターですね。2017年のファースト・アルバム『Everybody Works』が高く評価され、〈タワレコメン〉にも選出されました!」

田中「『Everybody Works』、オルタナっぽいアンサンブルとソフト・サイケなサウンドの混ざり方が絶妙でしたね。この新曲は〈Adult Swim〉という企画の一環だとか?」

天野「ですね。〈Adult Swim〉はアメリカの子ども向け放送局であるカートゥーン・ネットワークの深夜枠のことで、〈Adult Swim Singles〉として定期的にシングルを発表してるんです。今回でなんと26曲目で、過去にはネナ・チェリー、ロビン、オウテカなどなど、名だたるミュージシャンが曲を提供しています」

田中「日本でもEテレの番組に良いミュージシャンがいっぱい参加してますし、こういうリリースもすればいいのに。それはさておき、“Simple”、めちゃくちゃ良い曲ですね。スウィートでテンダー。後半のシンセサイザーの音からも包み込むような優しさが漂ってきます」

天野「歌詞も泣けますよ。〈自分のしたことが理解できないとき/同じところから抜け出せないとき/2人だけのためのシンプルな世界を作ってみて/私は受け入れるから〉って」

田中「ク~(涙)! 。企画上、子どもにも理解しやすい、歌いやすい友情の歌なんでしょうか」

天野「プロダクションも素晴らしいです。歌声にかかけられたディレイやリヴァーブ、ギターやドラム・マシーンのテクスチャー、ストリングスの音像などが実にユニーク。にもかかわらず、どこを切り取ってもウェルメイドなポップソングになっていて、ジェイ・ソムのキャリア屈指の一曲なんじゃないでしょうか。制作中だというニュー・アルバムも待ちきれません!」

 

Tierra Whack “Only Child”

天野「4曲目はアメリカ、フィラデルフィアのラッパーであるティエラ・ワックの新曲“Only Child”です。彼女のことはずっと紹介したいと思ってたので、いいタイミングで新曲が届けられました」

田中「ティエラ・ワックは昨年、全曲のランニング・タイムが1分という衝撃のアルバム『Whack World』で話題を集めましたよね。ユニークな感性とフレッシュなアイデアで、一躍2018年の顔になりました」

天野「ですね~。FNMNLがビルボードのインタヴューを紹介してますけど、ワックの気まぐれさという内的なものと、Instagramの動画の長さという外的なものの2つがあの画期的なアルバムを生んだんだと。〈ポップ・ソングは3分でなければいけない〉という固定観念を覆した、まさにオルタナティヴなアーティストですね」

田中アルバムを映像化した作品も独特過ぎる世界観でした。で、そんなワックから届けられた2019年初の新曲ですが、今回は4分弱の曲なんですね」

天野「〈ティエラ・ワックが1分じゃない曲を作った!〉と話題でしたよ(笑)。過去の曲は普通の長さなんですけどね。で、この“Only Child”はチルでサイケなムードの曲です。ゆらゆらしてて、スカスカで……マック・デマルコのラップ・ヴァージョンみたいな」

田中「マック・デマルコの音楽がものすごくウェルメイドに聴こえるくらいチープな作りですけどね……。サウンドはダルダルですけど、〈すべての男はフェミニストであるべき、ドナルド・トランプは移民をファックしてる〉とリリックは強烈です」

天野「〈あんたは自分以外の人間のことを考えてない/自己中〉〈あんたはただの子ども、超ケチだし〉といった歌詞は、なんだか自分に言われてるような気もしてきて、ツラいですね……」

田中「僕が妻に言われていることとも完全に一致しています……」

 

이달의 소녀 (LOONA) “Butterfly”

天野「さて。気を取り直して、今週最後はLOONAの“Butterfly”です。個人的にはこの曲が〈SOTW〉でもいいかなっていうくらい、お気に入りの一曲でした」

田中「最高にカッコイイですもんね。先週のITZYに続き、2週連続でK-Popの選出です。LOONAは〈LOOΠΔ〉という表記もあり、さらに韓国語のグループ名〈이달의 소녀〉を日本語訳した〈今月の少女〉という名前でも知られている12人のグループ。韓国人のメンバーが11人、中国人のメンバー1人で構成されているとか」

天野「2016年から始まったプロジェクトが、2018年にやっと12人揃って本格始動したんです。大所帯なので一人ずつソロ・デビューしたり、〈LOONA 1/3〉〈ODD EYE CIRCLE〉〈yyxy〉という3つのグループに分かれて活動したりと、かなり複雑なんですよね。SF的な独自の世界観や設定があって、それらを全部ひっくるめて〈LOONAVERSE〉と呼ばれてるとか」

田中「なんだかアメコミの世界観みたいですね。で、今回の“Butterfly”がその12人による新曲だという」

天野「昨年リリースされたデビュー作『+ +』のリパッケージ・アルバム『X X』からのリード・ソングという位置付けなのですが……〈リパッケージ〉っていうのもK-Pop独特の商法ですよね。それはさておき、この“Butterfly”はリリースされてすぐにファンやリスナーが話題にしてました。僕も聴いてみたら本当に素晴らしかったので、びっくりしたんですよ」

田中「EDM以降のポップスに範を取ったプロダクションですけど、K-Popらしからぬ抑制された囁くような歌声や、ゆったりとしたテンポで、それがかえってフレッシュな印象を与えますよね。水音やフィンガー・スナップの音を効果的に使ってて、聴くたびに発見があります」

天野「ものすごくエレガントな音楽なんですよね。大味なところが一切なくて、繊細に組み立てられたプロダクションです。特にドロップ、つまりサビのところで超ハイトーン・ヴォイスが音像の奥のほうから聴こえてくるところなんて鳥肌モノです。ビデオのダンスも超カッコよくて、圧倒的ですよね」

田中「です! ところでMVの女学生が机の上に上がるシーン、『いまを生きる』のオマージュでしょうか? あの映画ではアメリカの全寮制男子校に通う少年たちが登場人物でしたが、彼らの振舞いがこのMVではジャージ姿の少女たちによってトレースされていることにメッセージを感じました!」