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映画「光」 原作・三浦しをん×監督・大森立嗣によるサスペンス映画 ―人々の内面と関係を照らす光

(c)三浦しをん/集英社・(c)2017『光』製作委員会

人々の内面と関係を照らす光

 黒川信之と篠浦未喜は東京の離島美浜島に住む中学生で、幼なじみの黒川輔は信之を兄のように慕いどこに行くにもついてまわる。未喜と信之はすでに肉体関係にあり、ひとめにつかない場所で密会をかさねるが、ある日うっそうとした神社の石段の脇の雑木林で未喜が彼女の親の営むペンションの宿泊客に犯されているのを呼び出された信之は目撃する。止めにはいった信之は未喜にいわれるがまま男を殴り殺すがその一部始終を目撃していた輔は男の死体をカメラにおさめたあくる日、現場間近の高台の灯台に集まった3人を地震がおそい、島は津波に洗われる――三浦しをんの小説を原作に、大森立嗣が監督・脚本をつとめる「光」ははからずも生き残った3人の25年後の姿を描いている。家庭人となった信之に井浦新、その妻南海子(橋本マナミ)と関係をもつ輔に瑛太、美貌を武器に女優になった未喜に長谷川京子を配し、物語はふたたび出会うはずのない出会うべきではないそれぞれの日々を追っていくが、作中で南海子があやぶむとおり平穏な日々の皮膜の下には深淵が真っ暗な口を開けている。

 それを暴力と名づけてもいい。狂気とみなすかは留保がいる。なぜなら「光」が描くのは関係における力の働きであり、それらはつねに方向が定まっている。つまるところベクトルなのであり無差別でも理不尽でもない。一方の狂気は無媒介の巨大な力と圧倒的な無方向性をもつ力線であり、それが神でなければ自然と呼ぶほかない。「光」がすべてのはじまりとなる島の風景を執拗に捉えるのもゆえなきことではない。むしろ地震や津波は現象のひとつにすぎないのである。

(c)三浦しをん/集英社・(c)2017『光』製作委員会

 海からの遠景、椿の花の赤、鏡面のような海におちた月影、原生林のうねる樹木、そこに視線を這わせるようなカメラワーク。風景を描写するバックにはジェフ・ミルズのテクノが爆音で鳴っている。当初私はintoxicate S女史に、「光」ご覧になりました? ジェフ・ミルズの音楽がのっけからすごいですよ、と誘われて試写会に足を運んだが、観る前は、無声映画に音をつけたことはあっても、現代劇しかも邦画のサウンドトラックにジェフ・ミルズを起用するとは、なんと酔狂なと正直思ったものでしたが、これがおそろしくぴったりハマっている。画面に映っている風景を異化するというよりこの不動の情景をカタストロフィがいつおそってもおかしくない自然の暴力を体現するかのようである。タイトルバックでは、思わずペーター・ミヒャエル・ハーメルの『Colours Of Time』を想起されたベテラン・テクノ・ファンもおられるかもしれないが、あのようなニューエージまがいのニュアンスは微塵もなく、初期に舞い戻ったかのような直線的なハードフロア的なトラックとフレーム内の有機的なイメージの融合に圧倒されながら、私はそういえばこの組み合わせはどこかで体験したことがあったと思いハタと膝を打った、試写会場なのに。天賦典式である。私はジェフと大駱駝艦のタッグをはじめて目にしたのは数年前の「ウイルス」のときだったが、テーマを表現する舞踏手たちの身体が動きのなかで抽象化する一方で強い存在感を放つのにジェフ・ミルズのエレクトロニック・ミュージックはひと役もふた役も買っていたのである。資料によれば、大森立嗣は父親である麿赤兒ひきいる大駱駝艦の舞台でジェフの音楽に接したそうだが、より具体的なイメージをあつかう映画にその方法論を援用する――というより「光」においては音楽は作中に登場するフリーダ・カーロや岡本太郎の作品とおなじくジェフの音楽もまた〈外〉から「光」に働きかける人物の感情を超えた〈自然〉にちかいなにかにちがいない。

(c)三浦しをん/集英社・(c)2017『光』製作委員会

 むろんこのような要素がなりたつにはドラマの内実あったればこそ。「光」が抜きんでているのはまさにこの点にある。「さよなら渓谷」「まほろ駅前」シリーズなどで大森作品の常連である井浦新と瑛太の演技と絡みは「光」のみどころのひとつだが、信之と輔という対照的な男たちが暴力をとおし深め合っていく関係は大森映画に通底するバディものの変奏のようでもある。女たちは島や家庭の象徴として、彼らと閉域をつくるが、暴力の介在により、前者は結びつき後者は疎外される。未喜の足の指を吸う信之を神社の階段の上から眺める輔をワンフレームにおさめる前半のシーンはその視覚化だろう。支配と被支配、視ることと視られること関係を絵画的にきりとったこの場面は、後半の岡本太郎記念館の場面に再帰するが、そこでは信之と娘だけが記念写真におさまるようにあらわれるだけで南海子は登場しない。フレームの外まで疎外された女はかろうじて視ることで関係の糸をつなぐしかない。それらの関係が縺れ合いながら物語は必然的といってもいい結末を迎えるのだが、それを救済ととらえるか破滅と解釈するかは判断がわかれるかもしれない。もっとも人間と自然のあいだでは両者にはさしたるちがいはない、ということを、白日の下に晒す光を私たちもまたそこで視ることになる。

映画「光」
監督・脚本:大森立嗣
原作:三浦しをん (「光」 集英社文庫刊)
音楽:ジェフ・ミルズ
出演:井浦新/瑛太/長谷川京子/橋本まなみ 南果歩/平田満 ほか
配給:ファントム・フィルム (2017年 日本 137分 R15+)
(c)三浦しをん/集英社・(c)2017「光」製作委員会

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