BRMCを表舞台に上げた〈ロックンロール・リヴァイヴァル〉とは?

 気付けばもう15年以上も前の話。21世紀の幕開けと共に起こった〈ロックンロール・リヴァイヴァル〉とは、いったいどんなムーヴメントだったのか? きっかけはUS生まれのストロークスとホワイト・ストライプスが、2001年に本国よりも早くUKでブレイクしたことだった。当時の英国ロック界と言えば、トラヴィスやコールドプレイなど〈叙情派ロック〉と呼ばれるようなグループが幅を利かせていた時代。つまり、シーンの主流はレディオヘッドに連なる凝ったプロダクションと内省的な歌メロだ。そうしたなかで血気盛んなキッズがガツンとダイレクトに響く刺激を求めた結果、オーセンティックなロックンロール/ガレージ・ロックを志向するバンドにスポットライトが当たったのだろう。この流れはプログレの反動でパンク・ロックの一大ムーヴメントが花開いた様子ともよく似ている。

 さて、ストロークスを輩出したラフ・トレードが、翌2002年には満を持してロンドンっ子のリバティーンズをデビューさせ、盛り上がりはいっそう加速。負けじとUSからもBRMCやヤー・ヤー・ヤーズ、ブラック・キーズにキングス・オブ・レオンらが表舞台へ登場し、さらにオーストラリアからはジェットやヴァインズが、スウェーデンからはハイヴスやマンドゥ・ディアオが……といったように、英米以外の地域からも同時多発的に似た傾向のバンドがメジャー・フィールドでの成功を掴んでいく。まさに百花繚乱の様相だ。

 そうなると、〈人気に便乗し、あわよくば……〉とレーベル側がプロモーション戦略を立てるのは自然の成り行きか。後に〈ニューウェイヴ・リヴァイヴァル〉の顔役として名を馳せるフランツ・フェルディナンドやインターポールが、当初はロックンロール回帰組にカテゴライズされていたことも、いまだったら笑い話にできるだろう。ただ、何でもかんでもこのタームで語られるようになれば、当然ムーヴメントの焦点がぼやけてしまい、次第に〈ロックンロール・リヴァイヴァル〉という言葉自体はキャッチとしての有効性を失っていく。しかしながら、同ブームが一過性のものじゃなかったということは、当時を支えた各アーティストのその後の活躍からも窺えるはずだ……と、最後に付け加えておきたい。 *吾郎メモ

関連盤を紹介。