「音楽は最後に近づいている。だが砦が決壊しないようにしなくてはならない」
昨年11月上旬、ウクライナの作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937-)がついに初来日した。武蔵野市民文化会館での80歳記念ガラ・コンサート(11月9日)では公衆の面前に姿を現して自作のピアノ演奏も披露、そのはかなくも美しい独特の響きと自由で天然な演奏ぶりで満場の観客を魅了した。
同じ世代の作曲家としてはペルトに一脈通じる祈りの要素、そしてそれをはるかに上回る抒情的な旋律性によって、シルヴェストロフの音楽は近年急速に熱心なファンを獲得しつつある。それは、いわゆる〈現代音楽〉という旧来の枠には収まりきらない、広範な音楽ファンの心をとらえる、重要な何かを持っている。
かつて、60年代のシルヴェストロフは、怒れるアヴァンギャルドの闘士であった。たとえば、クーセヴィツキー賞を受賞した“交響曲第3番”(65年)などは、ヴァレーズやノーノを思わせる暴力的かつ精密な響きが特徴で、ソ連作曲家同盟から除名され演奏禁止されたのも当然と思えるほど。
ところが徐々に大転換が起こる。近年シルヴェストロフの作風は調性音楽への回帰を強め、特にここ数年ではまるで古典派かロマン派のように美しいピアノ小品『バガテル集』をも生み出し続けている。交響曲にしても合唱音楽にしても最近作の抒情性は、えも言われぬほどの美しさだ。一体何が起こったのか?
――あなたの音楽を〈調性音楽の最後の砦〉と言った人がいます。果たしてそれは当たっているのでしょうか?
「調性音楽だの無調音楽だの、そういう言い方をするのは、そろそろやめにしませんか。どちらがいい音楽かなどということは全く決められないことです。
京都に行ってきたところですが、あるお寺で、湧き水で手を洗ってお清めをする場所があったのです。そこで流水を柄杓(ひしゃく)で掬ったときに思いました。上から流れてくる水の音と、受け止めるほうの水の音と、この上下の二つの音。これは水が奏でる永遠の音楽だと……。
言ってみれば、それは70年代の前衛的な音楽でもあるし、太古の昔に存在していた古い音楽でもある。調性音楽とも無調音楽とも言える。水の中にいろんな時代の音楽が重複し統一されて、存在していたのを感じます。
いわゆる現代音楽は、それまでになかった不協和音、不明なものが現れたものともいえるでしょう。それが独特であったはずなのに、いまでは非・独特で当たり前のものになってきたような気がします。
普通の中に神秘性を求めることが重要なのです。たとえば猫が私をじっと見ている。それは驚くべきことではないのかもしれないが、その中に私は神秘を感じることがある。
新しいものを求めるということは、すでにピークに達している。それは言ってみれば〈普通〉に戻りつつあるのではないですか。
1930年代のペテルブルクの詩人のグループのある一人が言った言葉なのですが、〈言葉の貧しさをもっと尊べ〉と。それはどういう意味かというと、言葉が豊かだと、それはウソを招きやすくなるということ。もうひとつ。音楽の可能性が豊かになりすぎると、人々は言葉を失っていってしまうということ。
今の時代は、大音響をすでに必要としていないのです。世界中を見てください。大きな音であふれかえっています。今私たちに必要なのは、静寂の力なのです」
――あなたの音楽を聴いていると、バッハやモーツァルトの時代からの残響を感じるのですが……それをメランコリー、あるいはノスタルジーと呼ぶべきなのでしょうか。
「私の後期の作品についてのことでしょうか。それは音楽的な比喩だと思うのですが、たとえば誰かと言葉で話しているとき、よく耳を澄ませて聞いていると、さまざまな詩人たちの会話が聞こえてくるような気がしませんか。
シェーンベルクはこう言っています。〈同じことを言うためには別の言葉を使わなければいけない〉と。だが私はこう言いたい。〈違うことを言うために、同じ言葉を使わなければいけない〉と。
前衛的な音楽にあるような、休符の使い方、音楽がどちらへいくかわからないような、作曲家がこちらに行くべきだと指示するようなやり方。人間の言葉でいうなら文学の中で〈……〉というようなあいまいなつながり方が、現代音楽なのかもしれない。
もう一つ大切なことは、前衛的な音楽から消えてしまったものがあるということ。それはメロディです。覚えやすい、耳に残るものです。古典音楽にはメロディがあり、しっかりと印象付けられます。
猫だってメロディを作ることができますよ。メロディとは音楽の宝石なのです。それが今の時代には消えてしまいました。ときには詩が前面に出すぎてメロディが消えてしまっていることもある。
メロディというのは音楽の最後の砦だと思ってください。その砦が崩壊してしまうと、音楽は騒音と混ざり合ってしまう。音楽は最後に近づいている。だが砦が決壊しないようにしなくてはならない。メロディはしっかり守らなければいけない」