音楽のように広がるたった31文字の世界

 詩・短歌・俳句。見かけるたびに国語の授業の〈作者の気持ちとして正しいのはどれか?〉という問題が浮かんで緊張してしまう。歌詞は〈作詞者の正しい気持ちはどれか?〉なんて迫られないから、好きに自分の経験や、そのときの思いを乗せて聴くことができる。本当は、詩や短歌や俳句だって、そうやって楽しんでよいのだ。テストではない。作者が何を思っていても、受け取った自分が何を妄想しようと自由。

 例えば、恋の歌。心躍るメロディも、甘い歌声もない、57577のリズムの言葉だけなのに、百人一首の時代からときめきもせつなさも色とりどり。最近の歌詞は物足りない、なんて感じているあなたに薦めたい2冊が「短歌タイムカプセル」と、「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」。現代歌人115人、それぞれ20首の短歌が載っているアンソロジーと、人気男性歌人ふたりによるコラボレーション歌集だ。

東直子,佐藤弓生,千葉聡 短歌タイムカプセル 書肆侃侃房(2015)

 「もうゆりの花びんをもとにもどしてるあんな表情を見せたくせに」性愛の歌の評価も高い加藤治郎。「あんな表情」とはどんなシーンで見せた顔か。「ひぐらしが鳴くまできみに初めてのながい唇づけをしてしまふまで」中山明。夕暮れの光、永遠の中にいるふたりに、ヒグラシの鳴き声がそっと響きだす。「とけてから教えてあげるその髪に雪があったことずっとあったこと」干場しおり。小さな秘密は、雪だけだろうか? 〈本当はね、好きだったんだよ〉なんて、もう消えてしまった淡い恋心も重なっているのかも。

木下龍也,岡野大嗣 玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ ナナロク社(2017)

 〈恋〉と対のテーマと言えば〈青春〉。男子高校生ふたりの7日間を短歌で切り取るという意欲作「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」は、こんな一瞬を描き出す。「体育館の窓が切り取る青空は外で見るより夏だったこと」「進路調査票は風に添付して海に送信しておきました」「キスまでの途方もなさに目を閉じてあなたのはじめましてを聞いた」。部活の帰りの夕焼けや、好きな子の後ろ姿や、不安や。そんな自分の中に湧いてくる記憶や感情を味わいながら、タイムマシンに乗るように楽しみたい。