2015年の初作『A Dream Outside』が、DIYでは5つ星ガーディアンでは4つ星を獲得するなど英メディアから高い評価を受けた北ロンドンの4人組、ゲンガー。ウルフ・アリスやサーカ・ウェーヴスら若きトップランカーらとのツアーでも注目を集め、〈いまイギリスでもっとも勢いのある若手インディー・ロック・バンド〉と称される彼らが、約3年ぶりのセカンド・アルバム『Where Wildness Grows』をリリースした。艶やかなサイケデリアを醸すサウンドのなかを、ジャスティン・ヴァ―ノン(ボン・イヴェール)からアノーニまでを想起させる中性的な歌声が浮遊。その一方でバンド・アンサンブルは、マカビーズやアルト・Jといったインテリジェントな構築力とスケール感を併せ持つ先人たちにひけをとらない。メンバーみずから〈いろいろな意味で前作を作った頃とはまったく別のバンドだと言ってもいい〉と語る、変化を刻んだ同作は、ウルフ・アリスのブレイクが着火点となったUKギター・ロックの復活をさらに推進させるのだろうか。音楽ライターの新谷洋子が解説した。 *Mikiki編集部

GENGAHR Where Wildness Grows Transgressive/HOSTESS(2018)

 

ウルフ・アリスを筆頭に、ヴェテランから新人まで実りの多かった2017年

〈安堵〉から〈興奮〉まで程度に差はあるのだろうが、筆者を含めてUKロック・ファンを標榜する人たちは総じて、ポジティヴな気分で2017年を過ごし、新年を迎えられたのではないかと思う。確かにチャートや賞イヴェントを見ると、相変わらずロックの存在感は薄まったまま。でもアーティストたちは続々と良質の作品を送り出して、一年を通じて我々を楽しませてくれたものだ。筆頭に挙げるべきはやはり、傑作セカンド『Visions Of A Life』で〈BRIT AWARD〉で最優秀ブリティッシュ・グループ賞候補にも挙がったウルフ・アリスだろうか。

ウルフ・アリスの2017年作『Visions Of A Life』収録曲“Don't Delete The Kisses”
 

ほかにもエルボーやカサビアンからホラーズやエヴリシング・エヴリシングまで、手堅い面々が中身の濃い意欲的なアルバムを届けてくれたし、再結成組のライドとスロウダイヴは全盛期にヒケをとらぬ新作を仕上げ、リアム・ギャラガーのカムバックも話題を添えた。そして新人の層も厚く、シャーロックス、ブレナヴォン、アマゾンズ、サンダラ・カルマといった王道ギター・ロック勢も、ピューマローザにガール・レイにビッグ・ムーンなどなど女性リードの個性派たちも、ポテンシャルに事欠かない。

シャーロックスの2017年作『Live For The Moment』収録曲“Chasing Shadows”

 

マカビーズとワイルド・ビースツの穴を埋める逸材

そんななかでウルフ・アリスと同様に2作目で飛躍的な成長を見せ、今後シーンの中核を担うのではないかと期待が高まっているのがゲンガーである。もしくは、惜しまれるなかで相次いで〈活動終了〉を迎えた二大実力派、マカビーズとワイルド・ビースツが開けた大きい穴を少なからず埋めてくれそうなバンド、とも呼べるのかもしれない。まだ来日を果たしていないので、いまひとつ名前が浸透していないのかもしれないこの4人組は、ロンドン北部ハックニーで同じ高校に通っていたメンバー――フェリックス・ブッシュ(ヴォーカル/ギター)、ジョン・ヴィクター(ギター)、ヒュー・シュルテ(ベース)、ダニー・ワード(ドラムス)によって、5年前に結成。これまたロンドン北部を拠点とする、00年代以降のUKロックを語る上で外せない名門インディー・レーベル、トランスグレッシヴと契約し、シングル『Powder / Bathed in Light』でデビューしたのが2014年秋のこと。そして翌年ファーストの『A Dream Outside』を送り出している。

アンノウン・モータル・オーケストラやテーム・インパラを引き合いに語られもした同作で彼らが披露したのは、美しく緻密なパターンを描くギター・サウンド、アンドロジナスなファルセット・ヴォーカル、そしてダークなロマンティシズム溢れる言葉を特徴とする耽美系のサイケ・ポップ。その完成度と美意識の高さでメディアの手放しの絶賛を浴びたのだが、セカンド『Where Wildness Grows』のリリースをアナウンスするにあたってフェリックスは、このアルバムを作ったのは〈前作を作ったバンドとは全く別のバンドだと言っていい〉と、聞き捨てならないコメントを添えていた。

『A Dream Outside』収録曲“She's A Witch”

 

一度完成した音源をボツにし、逞しく生まれ変わった

というのも、新作『Where Wildness Grows』は、4人が高い理想を掲げていたことも関係しているのだろうが、かなりの難産だったらしい。当初、1年以上スタジオにこもっていったんアルバムを完成させたものの、出来にどうしても満足できず音源を自ら却下。〈自分たちのやりたいことがはっきりわかっていなかったと思う。でも、自分たちがやりたくないことが何かを知るためには、間違いを犯すプロセスが必要だったんだ〉と、フェリックスは語っている。そこであらためてレコーディングに臨み、今度はものの2週間で作り上げてしまったとか。では2回のセッションのどこが違ったのか? 2度目の彼らはニール・コーマーをプロデューサーに起用。パーツを集めて構成するのではなく、全員で一室に集まってプレイし、ライヴ・パフォーマンスに限りなく近い形で12の収録曲を形作ったのだという。スピーディーに作業を行うことで完璧さにこだわることなく、自然な表現を引き出しながら。

※近作でのM.I.A.や話題のアイリッシュMCであるレジー・スノウ、ソンゴイ・ブルースなどに関わっている

『Where Wildness Grows』収録曲“Carrion”
 

前述したウルフ・アリスのエリー・ロウゼルとシンガー・ソングライターのビリー・マーテンをゲスト・ヴォーカリストに迎えた『Where Wildness Grows』は、そういう背景事情を知れば知るほど、〈なるほど〉と合点が行く作品なのではないかと思う。何しろ、新しい一日を待つ胸の高鳴りを伝える“Before Sunrise”で颯爽と幕を開けたかと思うと、同曲で彼らは前作のサイケデリックな霧を弾き飛ばすかのようなクリアな音色と太いグルーヴ感を解き放ち、まさに生まれ変わった逞しい姿を見せつけているのだから。

 

野性を進化させた新作が、UKロック本流を活気づける

そして、長いツアーで培ったケミストリーと直感を信じて、気負うことなく内からほとばしり出るままに現時点の自分たちを投影することで、前作には見受けられなかった切迫感やヘヴィネス、高揚感、あるいはユルさを持ち込んで、実に多様な曲を揃えている。そこには、どうプレイしても自分たちの音になるという自信が窺え、紛れもなく傑作だったファーストが、今や一本調子に感じられるほど。つまり、ライヴを観たいと思わせずにはいられないアルバムなのだ。

また4曲目の“I’ll Be Waiting”が好例で、定番のファルセットだけではなく低めの声も織り込んでヴォーカル表現を広げたフェリックスは、リリシストとしても率直で等身大であることを優先。ストーリー的な趣があった前作から一転、パーソナルかつダイレクトなアプローチを貫き、あらゆる面で、〈野生が育つ場所〉を意味するアルバム・タイトルがしっくりと感じられる。そう、本来あるべきナチュラルな状態にバンドを置いて、野生を進化させた結果なのだ――と。

このようなスケールアップを遂げたゲンガー以外にも、2018年の春はブロッサムズのセカンド『Cool Like You』、ヴァクシーンズの4作目『Combat Sports』、はたまたマニック・ストリート・プリーチャーズの13作目『Resistance Is Futile』、アッシュの7作目『Islands』、ギャズ・クームスのソロ3作目『World’s Strongest Man』……と、注目すべき新作が目白押し。UKロックの本流の新旧役者がいよいよ揃ったようで、リスナーにとっても忙しい季節になりそうだ。

ブロッサムズの2018年作『Cool Like You』収録曲“I Can't Stand It”
ギャズ・クームスの2018年作『World’s Strongest Man』収録曲“Deep Pockets”