甘さと気怠さを兼ね備えた中毒性のある歌声を持つ宮下遊と、ゼロ年代以降のUKロックの影響下にある作風で注目を集めるボカロPのseeeeecun(しーくん)。ネット界隈では名の知れた両雄による新ユニットが、ここで紹介するDoctrine Doctrineだ。
「僕は自分ひとりで同人活動を5~6年やってるんですけど、そろそろ全国流通でちゃんと活動したいと考えてて。それで誰かと一緒にやってみるのもアリかなと思って、前から曲に魅力を感じてカヴァーしてたseeeeecunに声をかけたんです」(宮下遊)。
「自分はふだんサラリーマンなんですけど、声をかけていただいたのが会社でゴタゴタして落ち込んでるときだったので、運命を感じて。ただ、いろんな経験が曲作りに活きることもあって、いまも仕事は続けてます(笑)」(seeeeecun)。
自身もボカロPとして楽曲制作を行う宮下だが、本ユニットではヴォーカルに専念。「まったく新しいものを作るんじゃなくて、お互いの持ってるものを組み合わせる感じ」(宮下)と語るように、時に不協和音までも取り込むseeeeecunの独創的な楽曲と、いくつもの声音を使い分ける宮下の歌という両者の強みを単純に結ぶだけでも、強烈な個性が生まれている。
「僕はいろんな曲を作りたい人間なので、最近はUSポップ路線の曲も書きたくて。歌声が変幻自在で音域も広い遊さんなら、どんな曲でも歌いこなしてくれるし、僕の苦手なハモリもイイ感じに作り変えてくれるのでありがたいです」(seeeeecun)。
今回のデビュー・アルバム『Darlington』の表題に冠された〈ダーリントン〉とは、イングランド北部の街の名前。語感優先で名付けたため、場所自体に意味はないらしいが、同じく語感で付けたユニット名の〈Doctrine(主張・教義)〉と重なることで、本作のコンセプトが出来上がったという。
「タイトルはどこかの地名がいいねと言ってて。自分たちの教えをそこで広めるイメージというか」(宮下)。
「“テイクアウト・スーサイド”は自分の宗教を作った宗教家が落ちぶれていく曲なんですけど、そこから教義を振り撒くお偉いさんがいるカオスな街をアルバムのテーマにしようと思って」(seeeeecun)。
アルバムにはフランツ・フェルディナンド風味の“ローファイ・タイムズ”やゴリラズを意識したというシャープなダンス・ロック“雲散霧消”、歪で美しいシューゲイズ・ポップ“ホワイトダウト”などseeeeecunのボカロ曲のカヴァーに加え、書き下ろしの新曲を3曲収録。seeeeecunによるシニシズムに満ちた歌詞はいずれも寓話的で、不条理な人間模様が架空のダーリントンに複雑な光と影をもたらす。
「“バーバリアン・シネマズ”はエグイ話を映画にして上映したい映画館が世の中に批判される話で、表現の自由が行き過ぎて他人を好き放題批判したりおもしろがる“ローファイ・タイムズ”と対のイメージで作りました」(seeeeecun)。
ケネディ暗殺事件をヒントに濡れ衣の罪を着せられて翻弄される人を描いた“ヌギレヌ”もユニークだが、ギター・ロックが並ぶなかでひときわ目立つのが“モディファイ”。メロディアスでダンサブルなR&B調のトラックに、宮下の艶めかしい歌が救いを求めて中性的に揺らめく、お互いにとって新機軸となる会心曲だ。
「この曲は自分が落ち込んでいるときに会社で感じたことを書いたので、自分の素みたいなところがあって。〈マリア〉にすがらないとやっていけなくて、結局は爆発して人を殴ってしまう歌なんですが(笑)。サウンド的にも今後はこっちの方向をやりたいと思ってます」(seeeeecun)。
「このユニットがきっかけで二人ともソロでも大きくなりたいし、次はタイアップとかに挑戦してから2枚目を出したいですね。別に予定はないけど(笑)」(宮下)。
Doctrine Doctrine
歌い手の宮下遊と、ボカロPのseeeeecun(しーくん)によるユニット。宮下遊は2009年よりニコニコ動画に〈歌ってみた〉の投稿を始めて徐々に人気を集め、2016年にはファースト・アルバム『紡ぎの樹』をリリース。seeeeecunは2014年よりボーカロイドを使用したオリジナル曲の公開を開始し、今年2月にはアルバム『BOYS SEE BOYS』もリリースしている。昨年5月にseeeeecunの“脳内雑居”を宮下遊が〈歌ってみた〉動画として二次創作したことをきっかけに、以降も“ローファイ・タイムズ”などが好評を博してユニット結成。このたびタワレコ限定シングル“あのプリズムによろしく”と同時に、ファースト・アルバム『Darlington』(ルサンチマンレコード)をリリースしたばかり。