自身の歌唱を新たな武器に、ボカロPから改めて出発点に立った気鋭のクリエイター。みずからの声で表現することでさらに純度を高めた歌世界が自由奔放に咲き誇る!
原点に返ってみることにした
「僕は昔から歌うことが好きで、中学時代はスポーツも苦手であまりイケてないキャラだったんですけど、同級生の前で歌ってみたら反応が良かったことが、音楽を始めるきっかけだったんです。ただ、大学の頃はバンドでヴォーカルも務めて、ある程度の自信はあったのに、その後にニコニコ動画の世界に入ってみたら、僕より歌の上手い人がたくさんいたので心が折れてしまって。なので本当は自分で歌いたかったけど、実力が伴わないからボーカロイドを使って曲を作っていたのが、去年までのことでした」。
いままで歌ってこなかった理由をそう語るseeeeecun(しーくん)。2014年に従兄弟のため(叫べP)の活動に触発されてボカロでの楽曲制作を始め、フランツ・フェルディナンドらゼロ年代以降のUKロックからの影響を感じさせる作風と、世の中に対する不満や鬱屈を爆発させたような詞世界で支持を得てきたクリエイターだ。ボカロPとしての印象の強い彼だが、2018年には歌い手の宮下遊とDoctrine Doctrineを結成。その活動と並行してソロ名義でのライヴも行うようになり、今年1月に公開した楽曲“ケモサビ”でシンガー・ソングライターとしての出発を飾ることとなった。
「Doctrine Doctrineのときに、宮下遊のヴォーカルは当然すごいんですけど、どうしても聴く人の評価はフロントに立っているヴォーカリストに集中してしまうし、自分の曲を自分で表現できないもどかしさがあったんです。それと同時期に、すごく影響を受けてきたミスチル(Mr.Children)の音源がサブスク解禁されたので久々に聴いていたら、〈自分がなりたかったのは桜井(和寿)さんだったんだな〉と思って(笑)。それで原点に返って本気で歌をやってみることにしたんです」。
また、一足早くシンガー・ソングライター活動を開始した須田景凪(バルーン)や、seeeeecunとは何度か対バンしているキタニタツヤ(こんにちは谷田さん)らの動きにも刺激を受けたとのこと。特に身近な存在であるキタニについては「僕は彼が突然自身歌唱に切り替えたときに〈いきなりだと既存のファンが離れてしまうのでは?〉と思ってたんですけど、結果的に“悪魔の踊り方”がミリオン再生を突破したのを見て、曲が良ければそれまでの活動と関係なくパフォーマンスに繋がることに気付かされたんです」と、その影響を語る。
初期衝動を大事に
そしてこのたび完成したのが、seeeeecunにとって初のセルフ・ヴォーカル・アルバム『Bohemian Bloom』。彼自身が今作をシンガー・ソングライターとしての出発点に位置づけているであろうことは、「アークティック・モンキーズにせよストロークスにせよ、自分が好きなアーティストは〈ファースト・アルバムが粗いけどめっちゃ名盤〉と言われているので、僕も今回は初期衝動を大事に、あまりお洒落になりすぎないよう意識しました」という言葉からも明白だ。なおかつ、そのタイトルにも、彼の音楽活動の原点に対する想いが込められている。
「先ほどお話しした中学の頃に人前で歌った曲というのが、クイーンの“We Will Rock You”だったんです。そこで初めてクラスメイトに褒められたことで、フレディ(・マーキュリー)にすごく感謝して、クイーンは小学生の頃から聴いてたんですけど、そこから愛着が沸いてすごく好きになって。今回のアルバムにはインストを要所要所に入れてるんですけど、“Bohemian”という曲ではコーラスをモリモリにして、〈ガリレ~オ♪〉って歌ってます(笑)」。
アルバムには、ボカロPとしての代表曲“ローファイ・タイムズ”やDoctrine Doctrineでも取り上げていた“ヘレシー・クエスチョン”のセルフ・カヴァーも含みつつ、新たな書き下ろし曲も多数収録。ボカロであれば難度の高いフレーズも歌いこなせるため、書きたいテーマを優先して言葉を無理やり当てはめることも多かったというが、“ケモサビ”以降に制作した楽曲は、メロディーや詞の内容を自分の歌唱に合う方向に変化させ、英語っぽく歌ったデモ・ヴォーカルに日本語の言葉をつけていく手法を取ることにより、歌と言葉とテーマ性のフィット感が増したという。
また、サウンド面でも、従来のクランチ・ギターを前面に出したUKロック感のあるスタイルは残しつつ、より広がりを感じさせるものに進化。テクノ風のシーケンスとアコギのループがクールに響く“ハンマーヘッズ”、ディスコっぽいグルーヴ感と隙間を意識した音作りが新鮮な“七転罵倒”など、現行の海外ポップス的なアプローチを強めたアレンジで楽しませてくれる。
「去年あたりからUSのポップスから影響を受けるようになって、もともと好きだったマルーン5を改めて聴きだしたり、最近だとショーン・メンデスとかトロイ・シヴァンにものすごくハマったんですよ。それともうひとつ、1975を聴いて、80s風のクリーンなギター・サウンドにちょっと跳ねた感じのリズムを合わせているのがめっちゃかっこいいなと思って。特にセカンド・アルバム(『I Like It When You Sleep, For You Are So Beautiful Yet So Unaware Of It』)には影響を受けました」。
本音が止まらない
件の“七転罵倒”では、歌いはじめたことで動画のコメント欄に溢れた中傷の言葉を〈下手だけど こうしたいんだ! ワガママで まあいっか〉とぶった切るなど、劣等感やコンプレックスを制作の原動力に転じたような痛快さも健在。その一方で、「僕は男の妄想みたいなエロチックな漫画が好きで(笑)。〈カリフォルニアからやってきた女の子が自分の住んでるアパートに入居してきて……〉みたいなことを描いた曲です」という“有象無象空想C荘”、特にイントロと歌詞に注目してほしいという失意のロック“ピーナッツと慟哭”といった恋愛曲も収録しており、楽曲のテーマは多彩。なかでも“ラビッシュ”は彼の人生のわだかまりとなっていた感情に改めて向き合ったエモーショナルな一曲だ。
「僕は大学のときに弁護士をめざしてたんですけど、超遊んでたので試験に落ちて、就活してサラリーマンになったんです。両親や叔父からはいまだに〈もったいない〉と言われてて。たぶん僕は〈理想の息子〉だったんですよ。でも、自分はあまり弁護士に向いてないと思ってたのに、親を喜ばせたいから〈弁護士になりたい〉と言い続けてたけど、結局は自分のやりたいことに踏み出せないのを親のせいにしてたんです。その自分の中にしまっていた〈こうしたい〉という掃き溜めみたいな気持ちが作詞の原点で、曲を作り出したら本音が止まらないんですね。そういういままで放置していたものを赤裸々に書いたのが“ラビッシュ”なんです」。
〈伝統に捉われない〉〈自由奔放な〉という意味を持つ〈Bohemian〉を表題に掲げ、アーティストとして新たな一歩を踏み出したseeeeecun。彼はみずから歌う道を選んだことで、より自分らしい表現を手に入れたのかもしれない。
「ボカロの曲でもわりと本音を言ってきたつもりなんですけど、きっと無意識のうちにセーヴしてたんだろうなと感じました。だから、最近は歌詞も露骨になって、より直接的な表現になってる気がしますし、たぶんボカロだったらここまでは踏み込めなかったと思います」。
関連盤を紹介。
文中に登場したアーティストの作品。