木幡太郎(ヴォーカル/ギター)、稲見喜彦(ベース/ヴォーカル/シンセサイザー)、長谷川正法(ドラムス/コーラス)から成るロック・トリオ、avengers in sci-fi(以下、アベンズ)が新EP『Pixels EP』を11月14日にリリースした。昨年立ち上げた、彼らの音楽にまつわるDIYな活動のベースとなる〈SCIENCE ACTION〉からの第1弾作となる同作を、2本のインタヴューから迫る本特集。木幡と、収録曲“2019(No Heroes)”でフィーチャーしたTENG GANG STARRのkamuiとの対談に続く今回は、アベンズのメンバー全員インタヴューをお届けする。
新曲3曲に、それぞれのリミックス・ヴァージョンを収めた『Pixels EP』は、どれも所謂オーセンティックなロックのイメージから大胆に逸脱したものだ。そう、このハウス・ミュージックを思わせるファットなビート感と、サンプリングを駆使したヒップホップ的な音作りは、言うまでもなくラップ・ミュージック全盛期と言われる時代に対する彼らからの回答であり、そこには旧態依然としたロック・ミュージックの在り方を刷新するための果敢なアプローチが散りばめられている。果たしてこの挑戦的な一枚を生み出したのは、ロックが置かれている現状への危機感なのか。それともめまぐるしいスピードでアップデートされていく2010年代のポップ・シーンに対する興奮なのか。さあ、早速ここからはアベンズの3人に語っていただこう。
★特集①:アベンズ・木幡太郎×TENG GANG STARR・kamuiの対談記事はこちら
音響面のインパクトを追求することは避けて通れない
――今作は各プレイヤーの取り組み方がこれまでのレコーディングとは勝手が違っていたと思うのですが、実際はいかがでしたか?
稲見喜彦「その〈プレイヤー〉という意識がなくなったような感じはありますね。まあ、そもそも自分には〈俺はベーシストだから云々〉みたいな気持ちがあまりないんですけど」
長谷川正法「実際、今回はサンプリングを駆使して作ったので、ほとんどの作業は家で行ってるんです」
稲見「今回のようにいろんな機材を使って生身の人間には出せないような音を作ることに、僕自身はものすごく刺激を感じていて。なんていうか、そっちのほうがロックを感じるんです」
――〈ロックを感じる〉というのは?
稲見「要は〈こんなの聴いたことない!〉みたいな瞬間のことです。たとえば、僕はカニエ・ウェストの『Yeezus』(2013年)を聴いたときに〈こっちのほうが断然ロックじゃん!〉と思ったし、遡ってプライマル・スクリームの“Kill All Hippies”(2000年『XTRMNTR』)とか、Mr.Childrenの“シーラカンス”(96年『深海』)とか、ああいう音楽を初めて聴いたときもそんな感じだったんです。〈こんな世界があったんだ!?〉と思わされるものに自分はロックを感じてきたので」
――なるほど、わかります。
木幡太郎「ちょっと話がズレるかもしれないですけど、今作に入ってる“True Color”と“Hooray For The World”に関しては、一年くらい前からデモ・ヴァージョンが出来てたんです。で、そのデモはわりとアシッド・ハウス寄りな音だったんですけど、なんかそれだとこれまでのサウンドからアップデートされた要素があまりないような気がして。それで一旦3人でセッションしてみて、そこで生まれたグルーヴをもういちどリズム・マシーンやサンプラーで再構築してみた結果、こういう感じに仕上がったんです」
――先日のkamuiさんとの対談では、〈低音をどう鳴らすのか〉が今作の課題でもあったと話されていましたね。
木幡「そうですね。対談でも話したようにヒップホップがまさにそうだと思うんですけど、やっぱり最近の音楽は低音にフォーカスしたものが多いし、オーディオも低音域を強調したものが増えてますから」
――いま求められる音響を探ったら、おのずと低音域に意識が向いたと。
木幡「実際、いまの時代は音響面の重要度がすごく高まってるように感じるんです。音が鳴った瞬間にどれだけインパクトを与えられるか。その〈鳴った瞬間にわかっちゃう感じ〉が、いまは求められてるんだろうなって。とはいえ、わかりやすければなんでもいいとはまったく思わないし、もちろんここで〈いや、俺たちはあくまでも歌で勝負するんだ〉というのもひとつの道ではあるんですけど。
やっぱりポップ・ミュージックって社会と切り離せないものですからね。ストリーミングが普及して、リスニングの手段が多様化している以上、自分たちはロック以外の音楽とも競合していかなきゃいけないわけで」
――近年はプレイリスト上で聴かれることも増えてますしね。
木幡「そう、いまは他の音楽と並べて聴かれるのが普通になってきてるし、否が応でも周りで起きていることを無視できなくなってきてる。実際、一枚のアルバムを繰り返して聴く人はどんどん減ってきてるし。だからこそ、音響面のインパクトを追求することは避けて通れないんじゃないかなって。実は音響的な気持ちよさって、メロディーの良さよりも万国共通だとも思うんですよね」
――つまり、今作では時代性にフィットする音を追求したということ?
木幡「うーん。でも、自分たちの音楽が時代にぴったりハマることはないだろうな、とも思ってて。誰かの真似事になりたくないと考えている以上は、どうしても時流から外れるところが出てくるし、考え方としてはいろいろ矛盾してるんですよね(笑)。要は〈そのときに流行っているものと、その時代にないものを組み合わせる〉というやり方が、僕らの基本になってるんだろうなと」
重要なのは才能よりもセンス
――先ほど、木幡さんは〈ポップ・ミュージックは社会と切り離せない〉と仰っていましたが、それは今作のリリックについても言えることですよね。それこそ『Pixels EP』には現代社会への批評的な眼差しも込められているように感じます。
木幡「そこも現在進行形で刺激を受けているものからインスパイアされた結果だと思います。実際、いまって〈未来がやってきた感じ〉がすごいじゃないですか。ひと昔前のPCよりもよっぽど優秀な端末を誰もがポケットに入れていて、その端末を使えばどこでも世界中と通信できる――そういう想像もできなかったような未来が、いまこうして現実になってるわけだから」
――“True Color”を聴いていて思ったのは、近年のフェイク・ニュース問題がひとつのモチーフだったのかなと。つまり、いまの社会には情報が錯綜しすぎていて、もはやどれが真実がわからないという視点が含まれてるように感じたのですが。
木幡「そうですね。あとはやっぱりSNS。たとえばInstagramを覗いていて思うのが、一見すると客観的な事実がそこにあるようでいて、その事実は写真や映像を撮った人が恣意的に歪めたものでもあるんだよなってことで。要は誰もが発信できるようになった結果、何かしらのバイアスがかかったものがあたかも真実かのように流れてきて、一体どれが客観的な事実なのかを判断するのがますます難しくなってきてる。僕はSNSからそういう虚飾みたいなものをけっこう感じていて」
――なるほど。
木幡「それにいまってそういう社会と隔絶されることができなくなってますよね。メールなんかもそうで、常に対応していないと既読スルーだと言われちゃったり。いわばそれって休日がない状態が延々と続いてるわけで、それってやっぱりストレスフルだし、そういう社会を象徴しているのがSNSなんじゃないかなって。常に誰とでも繋がれるっていうのは一見ポジティヴなことなんだけど、逆に言うとそれって強制的に繋げられてるというか」
稲見「なるほどね。俺はSNSにそこまで興味がないんだけど、その〈社会と強制的に繋がってなきゃいけない〉というのは、よくわかる」
――もしかすると、アベンズが昨年から〈SCIENCE ACTION〉を立ち上げたのは、そうした時代性に対応していくためでもあったのでしょうか?
木幡「どうだろう? まあ、メジャーと契約していた頃はやっぱりいろんな制約もあったんですけど」
稲見「曲が出来たらYouTubeにどんどんアップしていきたい、とかいう気持ちは、レーベルに所属していた頃からあったよね?」
木幡「そうだね。いまはそれが自分たちの判断でどんどんできるようになったし、プロモーションについても今更ながら勉強していることがたくさんあって。こうして自分たち主導で何から何までやろうとすると、当然〈これは大変だな……〉と思うこともしょっちゅうあるんですけど、同時に〈ああ、これは他人に任せちゃいけないことだったんだな……〉という気づきもけっこうあるんです。要はその音楽が理解できていない人にプロモーションなんか絶対にできないよなって」
稲見「俺もそれはずっと思ってたことですね。実際、僕らから去っていった人は〈曲が理解できない〉と言ってましたから(笑)。誰かに任せるというのは、なかなか難しいことだなと」
――現状、手応えはどうですか? 制作やプロモーションをすべて自分たちでやってみて。
木幡「表に出すものをほぼコントロールできているので、充実感はハンパじゃなくありますね。以前はそこに自分たちの意図とはまったく違うものが入り込んで、作品が世に出てから落ち込んじゃうようなこともあったので。とはいえ、それはチェックしきれなかった僕らの甘さでもあったわけで。そういう意味で、いまはほぼストレスがないところまで来れてます。まあ、自分たちですべてを監修する以上はどうしても時間がかかっちゃうんで、スピード感という意味ではまだまだなんですけど」
稲見「自分たちでやってるとはいえ、もちろん頼りにしている人はたくさんいるんです」
長谷川「いま関わってくれている人たちはみんな僕らの友達で、個人的な繋がりがある人たちに協力してもらっているんですよ」
稲見「みんなそれぞれ仕事があって忙しいなかで、それでもスケジュールを合わせてくれるので、ホントありがたいなと思ってます」
木幡「そうだね。それに本来はロックってこういうものだったんじゃないかな、とも思ってて」
――というのは?
木幡「たとえば、クラスのちょっと近寄りがたいグループが何か内輪ネタで盛り上がってたら、みんなそこに加わりたいと思うようになって、気づけばその内輪的な盛り上がりがだんだん大きくなっていく、みたいなことってありますよね。ロックも本来はそういう狭いコミュニティーから広がっていくものだったんじゃないかなって」
――たしかに魅力的なバンドって、得てしてそういうものだったりしますよね。
木幡「そうなんですよね。これまでの音楽史でも、そういう人と人との繋がりがそれぞれの才能をブラッシュアップさせていくなかでいい音楽が生まれたんじゃないかなって。だから僕、昔は才能がすべてだと思ってたんですけど(笑)、いまは才能よりもセンスのほうが重要なんだなと思ってるんです。
そういう確信が持てたからこそ、いまこうして〈SCIENCE ACTION〉みたいなやり方に踏み出せたのかもしれないですね。こうして活動していくなかで、人との繋がりの大切さとか、社会の仕組みをあらためて勉強させてもらってるというか。逆に言うと、以前はよくわかってなかったんですよ。音楽がよければそれでいいじゃん、みたいな感じだったから」
稲見「そうだね。メジャー・レーベルと契約が切れるとなったときは、僕らも本当に悔しかったし、とにかく必死だったんですけど、それがいまこうして友達と一緒に制作をやれてるんだから、人との繋がりってすごいなと実感します」
木幡「ホント、この歳になって勉強させてもらってることが多いよね」
そこで何が起こっているかわからない音楽が好き
――今作を踏まえて、現在はどんな展望を抱いていますか?
木幡「まだまだ試行錯誤していくと思います。なんていうか……たとえば僕はマイ・ブラッディ・バレンタインが好きなんですけど、それはなぜかっていうと、彼らの音楽を聴いていると、〈そこで何が起こっているかわからない感じ〉がするんですよね」
稲見「情報が多すぎてごちゃごちゃな感じ?」
木幡「そうそう。基本的に僕はそういうごちゃごちゃした音楽が好きなんです。逆に言うと、〈ああ、こういうふうにギターを弾いてるんだな〉みたいなのがなんとなくわかっちゃう音楽にはそんなに惹かれなくて」
――じゃあ、たとえばストロークスのファースト(2001年『Is This It』)はあんまり好きじゃない? おそらく世代的にはジャストだと思うんですが。
木幡「ああ、たしかにリリース当時はあんまり好きじゃなかったですね。せっかく90年代にマイブラとかレディオヘッドみたいなバンドがああいう音楽を生み出してきたのに、なんでこんなに懐古的なことをやるんだろうと思ってました(笑)」
稲見「でも、ああいう音楽はだいたい反動から生まれるものだからね」
木幡「そうそう。僕らはそういう反動、リヴァイヴァルを2000年代にようやく身をもって体験したんですよね。そしていまはどうなってるかというと、ロックではなくてヒップホップやクラブ・ミュージックが刺激的な音楽を担っている。あきらかにシーンの主役が移り変わっているし、それこそいまの時代ってごちゃごちゃした音楽があまりいいとされていない感じがしてて。さっきも少しお話しましたけど、いまはもっとダイレクトでわかりやすいものが求められてるんですよね。で、実は僕もそういうのが嫌いではなくて……」
――(笑)。感覚的な、ちょっとした矛盾が自分のなかに生まれてきているということ?
木幡「そうですね(笑)。だったら、そういう感覚を僕らはどう方向づけていくか。そこがいまのアベンズの課題になってるのかもしれません。テクニカルな話になっちゃいますけど、音源をつくるのって料理と一緒で、盛り付けるお皿の大きさは決まっているんですよ。だから、そこにヒップホップみたいなでっかいキックとベースを盛ると、それ以上の情報を詰め込むスペースがどうしてもなくなってくる。
でも、自分たちとしてはもっといろんな情報を詰め込みたい。でも、そうなると低音を弱めざるを得ない――そういうせめぎ合いが今回の作品にはあったし、たぶん次もそこは追求していくんじゃないかな。自分たちなりの最適解を見つけたいんです」
――『Pixels EP』でのアプローチはさらに引き継がれていくわけですね。
木幡「そうですね。あとはやっぱり、世の中に対するアクションをもっと早く伝えていきたいです。それこそ昔はTVや新聞みたいなメディアを介して伝わっていたものが、いまはその出来事が起きた瞬間にSNSなんかで伝わっていくわけで。そういうスピードで時代が動いていることに比べると、これまでの〈レコーディングされたものが3か月後にリリースされる〉みたいな流れはぜんぜん刺激的じゃないし、ここでもっとスピード感を上げていかないと、ロックはエンターテインメントとしての刺激を保てないような気がするんです」
――ロックの現状に危機感を抱いてるからこそ、もっとスピード感を追求していきたいと。
木幡「まあ、俺が危機感を抱いてるからどうだって話でもあるんですけどね(笑)。このままロックが過去の遺物みたいになってしまわないように、僕らなりに考えていきたいんです」
Live Information
〈avengers in sci-fi “Pixels Tour”〉
11月22日(木・祝前日)東京・代官山UNIT
開場/開演:18:00/19:00
ゲスト:木暮栄一(the band apart)
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