君はどうしてそんなにシンプルなのか? ―Depth of the simplicity―

 君はどうしてそんなにアルペジオにこだわるの?という思いをつのらせて彼のピアノの演奏に耳を傾けていた。取材を終えてそのピアニストに誘われるまま、イタリア大使館での演奏会に出席したのだ。彼は曲間に休憩を入れることなく鍵盤に両手を置くと演奏を続けた。ジョヴァンニ・グイディ。まるでフィリップ・グラスのピアノ作品を聴いているような気がしはじめた瞬間、前席の女性は首を傾けた。一分前の演奏を推敲するかのような即興の積み重ね、音符の量に比べて遅々とした音楽の歩み、終演に向かっているというよりむしろ時間は逆に後退しているような印象を、彼のピアノは与えた。

GIOVANNI GUIDI 『Avec Le Temps』 ECM(2019)

 “Avec le temps”というレオ・フレールの作品を含む、ピアノトリオにサックスとギターを加えた五重奏による新譜を発売するという彼の音楽を、過去のトリオでの演奏まで遡つて聴いた。その最初の印象は、ポール・ブレイのようだし、菊地雅章のようだと思った。プーさんのテザーテッド・ムーンの音楽が取り憑いていると思った。エディット・ピアフを取り上げたまるでピアフの声をピアノで再現するかのようなあのプーさんの執念のようなものに、彼は取り憑かれていると感じた。「そう、あのアルバムはなんども繰り返し聞きました。ポール・ブレイと菊地の音楽、それが聴こえているのであれば君は僕の音楽のこともうだいぶわかっているよ(笑)」といって彼は腰を上げそうになった。ジョヴァンニのアンサンブルでベースを演奏しているのはトーマス・モーガン、彼は最晩年のプーさんを支えていた一人だった。そしてドラマーはずっと活動をともにしてきたジョアオ・ロボ、ポール・モチアンのエッセンスのようなビートと響きが聴こえる。彼の音楽のコアだ。

 ステージのピアノソロは中盤か、あるいはもう終盤なのかもしれない。“虹の向こうに”が聴こえ、“Avec le temps”のメロディを右手がなぞっているような気がした。シンプルだが、コレクティヴに展開する彼の音楽の最初の一歩はどのように始まるのだろう。「楽譜を書いたりしません、演奏したものを録音してメンバーに聴いてもらう。譜面は使いません、というか存在しません。一度聴けば体が覚えてしまうのです」。それは新作でもかわらない彼の音楽のもっともシンプルなポリシーのようだ。アンサンブルでは歌うように演奏する彼だが、ステージでむき出しになった彼は、かかってしまった金縛りを解こうとして演奏しているように見えた。言葉にならない口の動き、のような彼のピアノの音の動きは、突然、ただひとつの美しい三和音を響かせると、とまった。