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インタビュー

henrytennisはポスト・ロックとネオ・ジャズの接続点だ。10年の沈黙後も消えぬ〈音楽を進歩させたい〉情熱

henrytennis『Freaking Happy』

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スナーキー・パピーや新世代ジャズへの興奮

――2009年に発表されたセカンドの『R.U.R.』に関しては、どんなコンセプトがあったのでしょうか?

「ファーストからセカンドの間でメンバーがガラッと変わってるんですけど、元MELT-BANANAでドラマーの須藤(俊明)さんが、〈ミニマルなんだけど硬質なサウンドをやってる人ってあんまりいないよね〉という話になり、そこを徹底的に追求して作ったんです。でも、同時期にバトルズが出てきたんですよ(笑)」

『R.U.R.』収録曲“Valencia raincoats”

――ああ、まさに〈ミニマルかつ硬質〉ですね(笑)。

「セカンドの曲自体はいまでも好きなんですけど、ロックなインストをやってるバンドは国内にもたくさんいたし、硬質さでは他のアーティストに勝てないと思って、〈これじゃないな〉と思ってから……迷いの道が始まったんですよね」

――2000年代も後半になると、日本では音響派よりもハードコア以降の文脈でのポスト・ロックの方が主流になって行きましたよね。硬質さで言うと、LITEが出てきたりとか。

「そうですね。ぶっちゃけ、LITEにはなれないなって思いました。ああいうことをやっても負けるなって。しかも、ああいうことをやりたいのかと言われると、自分はそうじゃないと思った。それも実際に『R.U.R.』を作ったからこそ気付けたことだったんですけど」

――結果的に、2010年の下北沢440でのライヴを最後に、活動を停止しました。

「その後に関しては、GREEN MILK FROM THE PLANET ORANGEのdead kと、(((REBELREBEL ON REBELREBELS)))という一曲30分やるみたいなハードコア・プログレ・バンドをはじめたり、Myth Folkloreという純粋な歌ものをやってみたりもしたんですけど、どれもあんまり長続きしなくて。で、2013年に、元メンバーで、OCEANLANEとかもやってた堀越(武志)くんから〈再結成しようよ〉と言われて、またhenrytennisをやりはじめるんです。ただ、正直まだ自分のやりたいことが定まってなくて、曲の作り方をジャムからDAWに変えてみたんですけど、それもあまり上手くいかず。メンバーの入れ替わりも激しくて、ライヴもできない、ただスタジオにだけ入ってるような状態だったんです」

――2016年の2月28日に開催された〈みんなの戦艦〉に出たものの、結局また活動はストップしてしまったんですよね。

「2016年って、〈みんなの戦艦〉が10周年で、僕は2月29日生まれなんですけど、閏年の換算でちょうど10歳の誕生日・前日だったから、周りから〈絶対何かやったほうがいい〉と言われて、それでやったところがあった。でも、とにかく上手い人をメンバーに入れて、突貫工事でライヴをやった感じだったから、その後にはつながらずで。また編成を一回白紙にして、今度はゆっくりメンバーを決めていこうと思ったんです」

――hanrytennisを正式に解散して、新しいことを始めようとは思わなかったですか?

「何回も考えたし、一時期は本気で名前を変えようかと思ってました。でも、元バンドマンの友人に〈絶対いまのまま続けたほうがいい〉と言われたんです。名前を変えたら、ゼロから聴いてもらえる可能性もあるけど、継続していけば、いままで得たものを一緒に持って行ける。そもそもそれまでやってきたことに対して、裏切り行為とまでは言わないけど、ちゃんとやれてないまま終わった感じになるのは嫌だった。なので、その友人の言葉を信じて、同じ名前で続けることにしました。あとは、アルバムを2枚しか出してないのが嫌だなっていうのもありました。僕が好きなアーティストはアルバムをたくさん出してる人が多いから、ちょっとでも近づくためには、アルバムの枚数をもっと増やさないとなって」

――2016年の末からもう一度バンドを再始動させて、徐々に現体制のhenrytennisに繋がっていったわけですよね。

「2016年はとにかく焦ってたので、今度はゆっくり周りを見ながらやっていこうと思ったんです。その少し前まではあんまり音楽も聴いてなかったんですけど、リアルタイムのものをあらためていろいろ聴くようにして、そのなかで最終的に聴き続けたのが、新しいジャズだったんです。決定打となったのは、スナーキー・パピーですね。2014年に出た水色のアルバム(『We Like It Here』)って、全編動画の配信もあって、それがめちゃめちゃカッコよかったんです。変拍子とかちょっとズレた感覚がありつつ、でもすごくポップで、自分がずっとトライしてることに近いことをやってるなって思った。〈これなんじゃないか〉って、ホントに雷が落ちた感じというか。で、その動画を何度も何度も観て、その演奏に似合いそうなメンバーを探していったんです」

――三管編成になったのも、その影響ですか?

「そうですね。それまではずっと一管で、管楽器の旋律、ギターの旋律、ピアノの旋律、3つの違う楽器でおもしろさを出そうとしてたんですけど、誰にでもインパクトを与えられるような強い世界観を打ち出すには、三管だなと思った。普通のポップ・ソングじゃなくて、インストで三管があるのって、やっぱりインパクトありますよね。あと僕この頃にMonotoonsというエレクトロ・ポップのユニットをやったこともあって、DAWにも強くなってたんです。DAWで曲を作って、いまのメンバーに譜面を書いて渡して、1、2曲やってみたら、すごくよくて。自分でもびっくりしたのが、最初にhenrytennisを始めたときと同じくらいの感動があったんですよ。それって稀有なことだなって。で、いろいろライヴも観に行くなかで、Yasei Collectiveとか、吉田ヨウヘイgroupとか、新しいことにトライしてる人たちにも刺激を受けて、〈グランドスラム〉をやってみることにしたんです」

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