〈もっとも売れているジャズ・アーティスト〉と呼ばれ、3度のグラミー賞を受賞しているスナーキー・パピー。多数のメンバーを抱える巨大なジャズ・コレクティヴが、ニュー・アルバム『Immigrance』をリリースした。

World Tour 2019〉の来日公演として、4月11日(木)に大阪・梅田CLUB QUATTROでの、12日(金)に神奈川・川崎クラブチッタでのライブ(メンバーには小川慶太も参加)を控えるなかでのリリースは、まさに待望と言えるだろう。

リズムを探究している点がおもしろいとceroの荒内佑が語っているとおり、力強いグルーヴと即興性に重きを置く彼らの最大の魅力は、もちろんライブにある。だが、今回リリースされる『Immigrance』もライブに引けを取らない、スタジオ録音ならではの完成度を誇っている。

ライブとスタジオ・レコーディング――スナーキー・パピーが持つ2つの強みを、「Jazz The New Chapter」への寄稿でも知られる気鋭の書き手、本間翔悟が解説する。 *Mikiki編集部

SNARKY PUPPY 『Immigrance』 GruondUP Music/Pヴァイン(2019)

 

ライヴに絶対の自信を持ち、ライヴを通して評価を高めてきたバンド

スナーキー・パピー待望の新作『Immigrance』がリリースされる。グラミー賞を受賞した前作『Culcha Vulcha』(2016年)から3年ぶり、そして引き続きスタジオ・レコーディングでの作品となっている。

〈スタジオ・レコーディングでの作品〉と注記しなければいけないほど、スナーキー・パピーはライヴを重視してきたバンドだ。2004年にテキサスで結成されて以来、年間のライヴ日数は200日を超えるといわれ、キャリアのブレイクスルーとなった『Family Dinner, Vol. 1』(2013年)や『We Like It Here』(2014年)といったアルバムもライヴ・レコーディングされたもの。オフィシャル・ホームページからは世界中を回ったツアーのライヴ音源をダウンロードもできることからもわかるように、ライヴに絶対の自信を持ち、ライヴを通して評価を高めてきたのがスナーキー・パピーだ。実際日本でも〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2015〉への参加、それに赤坂BLITZやブルーノート東京での単独ライヴを重ね、圧倒的なソロと大人数バンドならではのグルーヴで人気を獲得してきた。

2018年のライヴ映像。演奏しているのは2016年作『Culcha Vulcha』収録曲“Grown Folks”
 

リーダーでベーシストのマイケル・リーグを中心とした数十人の緩やかなコレクティヴであるスナーキー・パピーはレコーディングに参加するメンバーだけでも約20人。ライヴの場ではそのなかから選ばれた精鋭10人前後がステージに上がって演奏する。メンバーのバックグラウンドも多様性に溢れていて、アメリカ黒人音楽シーンのど真ん中で経験を積んできたショウン・マーティンがいるかと思えばUKのエレクトロニック・ミュージックに近いビル・ローレンスもいて、他にもアルゼンチン人や日本人の打楽器奏者も名を連ねている。近年はマイケル・リーグのレーベル、groundUPがスナーキー・パピー周辺のミュージシャンの作品を積極的にリリースしており、一流のミュージシャンたちがクリエイティヴに活動するためのコミュニティとしての役割をも果たしている。そんなスナーキー・パピーはジャズ・シーンのなかでも、そしてジャズ史のなかでも他に類を見ない稀有な存在だ。

 

ファンク・ビートを基調とし、ギターの存在感が増した新作『Immigrance』

新作の『Immigrance』は、そんなスナーキー・パピーがいままでの流れを汲みながら次のステップへと進む第一歩となるアルバムだ。それは先行公開された“Xavi“と“Bad Kids To The Back”からも明らかだ。トライバルなポリリズムにウワモノ的にフルートが絡んでくる中毒性の高い“Xavi”は、非アメリカ圏音楽の色が濃かった『Culcha Vulcha』と今作とを橋渡しするような楽曲。それに対して“Bad Kids To The Back”は3人のドラマーが軽快なビートを叩き分けるファンク・チューンで、『Immigrance』全体の雰囲気を決定づけている。各メンバーが超絶技巧のソロを披露するミュージシャン集団というイメージも強いスナーキー・パピーだが、新作では楽曲それ自体の魅力が大きく高まっていて、キーボードで音を重ねたりドラムをエディットしたりと、一発録りではないスタジオ録音ならではの音作りのなかでそれぞれがミュージシャンシップを発揮することに成功している。

『Immigrance』収録曲“Xavi”
 

楽曲ごとに多彩なポリリズムを用意していた『Culcha Vulcha』に対して『Immigrance』ではよりシンプルですっきりとしたファンク・ビートを基調としてるのは、プロデュースと作編曲を手がけるマイケル・リーグがワールド・ミュージック・ユニットのボカンテやフォーク・ロックの大御所デイヴィッド・クロスビーなど、この3年間でジャズ以外の外仕事に取り組むことによってリズムのアイデアが整理されたからだろう。どの楽曲でも3人のドラマーと3人の打楽器奏者を起用しながらもリズムの複雑さを前面には出さず、あくまで気持ちよくスムースに聴こえるように音が構成されている。メンバーそれぞれが活発に課外活動をするなかで得た経験がうまくスナーキー・パピーの音楽へと還元された一例だ。

また、ギターの比重が増したのも『Immigrance』の特徴といえる。ボカンテでもマイケル・リーグとの共演を続けてきた2人のギタリスト、ボブ・ランゼッティとクリス・マックイーンは全曲に参加。もうひとりのギタリスト、マーク・ラッティエリは前述の“Xavi”と“Bad Kids To The Back”で暗く響くバリトン・ギターの印象的なサウンドを披露している。“Chonks”では鍵盤奏者のボビー・スパークスがクラヴィネットを使ってエレキ・ギターと聴き間違えるような激しいソロをとっており、歪んだギター・サウンドと軽快なカッティングはファンク・ビートと共にこの新作に欠かせないカラーになっている。

『Immigrance』収録曲“Bad Kids To The Back”