(左から)ケイタイモ、村田シゲ
撮影協力:TiSSUE

 

ケイタイモという音楽家の全体像を捉えようとするのは、非常に困難な作業だ。90年代にMONG HANGのベーシストとしてキャリアをスタートさせるも、2003年にBEAT CRUSADERS(以下、ビークル)にキーボードで加入。2010年のビークル散会後は大編成のプログレ楽団、WUJA BIN BINで活躍しつつ、ATOM ON SPHEREやMUSIC FROM THE MARSにも参加するなど、その活動は多岐に及ぶ。先日リリースされた、渋さ知らズの高橋保行と片想いの伴瀬朝彦が率いるCooking Songsの初作『Cooking Songs』にもベーシストとして参加していた。

そんなケイタイモが新たに結成した2つのユニット、ikanimoとHEAVENLY BOYSが11月にそれぞれの初作を連続リリースした。松井泉(YOUR SONG IS GOODのサポートなど)、野村卓史(グッドラックヘイワ)とのアコースティック編成で、ボサノヴァとフォークを軸にモンゴルの歌唱法・ホーミーを絡めたikanimo。そして、元ビークルのカトウタロウ、SCAFULL KINGのNARI、構成作家の小林知之を従え、キメキメな装いと共に80年代風ポップに取り組んだHEAVENLY BOYS。これら2バンドは、音楽性こそ180度異なるものの、どちらもケイタイモがベースやキーボードを弾かず、作曲に加えて歌を担当していることが共通点だ。果たして、一体彼に何が起こったのだろうか?

今回はそれを探るべく、旧知の仲である村田シゲ(□□□、CUBISMO GRAFICO FIVE、元NATSUMEN)を招き、対談を実施。ルーツに立ち返りつつ、柔軟な活動を楽しんでいるケイタイモの現在地が浮かび上がってきた。

ikanimo ikanimo 惑/Natural Hi-Tech(2016)

HEAVENLY BOYS HEAVENLY BOYS IN TOWN ~ヘヴンリーボーイズがやって来た~ 惑/Natural Hi-Tech(2016)

 

40歳でギターを弾き語ってみたら、ちょっと見い出しちゃって

――お二人はいつ頃からのお知り合いですか?

村田シゲ「もう15年近く前になるのかな? 当時僕はメレンゲを手伝っていて、その当時の彼らのプロデューサーを務めていたのがAxSxE(NATSUMEN、元BOaT)くんだったんですよ。そうした繋がりもあって、AxSxEくんが2002年頃に下北沢CLUB QUEでBOaT※復活の2デイズ・ライヴをやったときに、片方の1日で俺が少しベースを弾いたんです。そこで〈NATSUMENもやらへんか?〉という話になったような。ケイタくんや当時の秋葉原CLUB GOODMAN界隈のみんなともそこで一気に出会った記憶があります。でも、このあたりはうろ覚えなので、知っている方は情報求む(笑)」

※AxSxEが90年代後半にやっていた男女混合のロック・バンド。2001年に解散

BOaTの99年作『SOUL.THRASH.TRAIN』収録曲“KILL/KILL”
 

――ケイタイモさんはMONG HANGをやっていた頃ですよね。シゲさんから見た当時のケイタイモさんの印象は?

シゲ「バンドも変わっていたし、とりあえず〈スペーシーな人〉という印象でした。音楽的には一般的なポップスより変態な印象でしたけど、喋ると凄く常識人というイメージ(笑)」

ケイタイモ「それ、すげえ言われた。意外とつまんないねって(笑)」

シゲ「まあ、最初はグッドマン界隈ってアンダーグラウンド・ミュージックの集いに見えたんだけど、いざ関わってみるとそんなに内々には向いていない印象だったな。当時〈お前らは何をルーツに音楽をやっているんだ?〉と言いたくなる、似たようなバンドがたくさんいるなかで、グッドマン周辺のみんなは音楽的な知識が凄くあるのもわかったし、かつ全員がポップだったんですよ。妙なキャッチーさがあったし、こんな音楽が日本にあるんだと思った。特にケイタくんに関してはそう思った気がします」

ケイタイモ「昔からポップなものを作りたいという欲求は持っていたんだけど、いま当時の音源を聴き返してみると〈これじゃ売れねえよ〉と思うよね。当時の高円寺20000V界隈――KIRIHITOやグラインド・オーケストラ※を見ていて、ああいう音楽性でも食って行けるんじゃないかと思っていたんです。やっぱり、あの頃はちょっと突っ張っていたから、メインストリームに寄せると負け、みたいな。ディスってる位置にいたいという気持ちもあったと思うしね(笑)」

※元ボアダムスの吉川豊人や花電車の楯川陽二郎ら関西アンダーグラウンドの凄腕プレイヤーが集まったバンド。カルト的な人気を誇った

――そういう考えは、ビークルに参加して、実際にメインストリームの場を経験することで変わってきた?

ケイタイモ「そう言葉にするとカッコイイんですけど、結局メインストリームでやっている人と知り合ってみると、みんな多かれ少なかれ苦労しているし、音楽に対しては真摯に向き合っている。基本オタクな連中が多いし、コロッと好きになっちゃったんだよね(笑)。TVというフィルターを外して、人間として向き合うと、勝手に決めつけていただけだったんだなと思いました」

――ビークルの解散後は、WUJA BIN BINを軸としつつも、MUSIC FROM THE MARSやATOM ON SPHEREなどにも参加して、さらに今回は2つのバンドで同時リリースをしたわけですが、近年はいろんなプロジェクトでの活動を楽しんでいるのでしょうか?

ケイタイモ「最近そうなった感じですね。WUJA BIN BINは人数が多いし、忙しいメンバーも多いから、フットワークがどうしても重いんです。でも、立ち止まらずに何かをやっていたい自分がいて、あるときたまたまSCAFULL KINGのようちゃん(4106)に〈歌ってみたら?〉と、彼のやっている〈俺たち、ようキン族。〉というイヴェントに誘われて。それが40歳になるくらいの時期だったんだけど、そこで2曲歌ったのがいまに至るきっかけ。40歳を過ぎてからいきなりギターを持って歌うのは、ギャグみたいな感じじゃない? 実際、最初はそんなノリだったんだけど、やってみたらちょっと見い出しちゃったんだよね」

シゲ「〈ようキン族。〉は基本カヴァー・イヴェントでしょ? そのときは何を歌ったの?」

ケイタイモ「あ、でもオリジナルを作って行った」

シゲ「凄いな(笑)。そういうところは譲らないね」

WUJA BIN BINの2016年のライヴ映像
 

――今回の2バンドではどちらもベースを弾いていないわけですが、以前までは〈ベーシスト〉という意識が強かったんですか?

シゲ「ベーシストって意識あるの? ないでしょ?」

ケイタイモ「うーん……そんなにはないかも」

シゲ「この人は自分のことをベーシストだとあんまり思ってない気がするし、そういうイメージはずっとある。今回の2つでは、たまたまベースを弾いてないけど、これまでのバンドにしても、自分で書いた曲のベースを弾ける奴が他にいなかったから結果的にやっていたんだと思うんです。MUSIC FROM THE MARSとかを手伝い出したのは、ミュージシャンとしてというよりも、友達だからじゃない?」

ケイタイモ「(ベーシストであることには)あんまりこだわりがないかもね」

シゲ「でも、ベースに関してはなくても、作曲に関してはあると思うんです。そこは変わらずで、今回はたまたま担当がベースではなく歌になったという。そういうことなんじゃないかな」

MUSIC FROM THE MARSの2016年作『After Midnight』のトレイラー映像
 

――では、それぞれのバンドについて訊いていくと、ikanimoはさっきおっしゃった弾き語りの延長線上で結成されたのでしょうか?

ケイタイモ「そういう感じですね。その弾き語りのちょっと後にChris Van CornellのイヴェントにDJで呼ばれたんですけど、そこに松井(泉/パーカッション、コーラス)がいたから、いまこういうことをやりたいと思っているという話をして。最初は松井と2人でやろうと思ったんだけど、自分のギターにそこまで自信がなかったから、アコーディオン的なものが欲しいと思って、WUJA BIN BINの(野村)卓史(アコーディオン、トイピアノ、ピアニカ、コーラス)くんに入ってもらった」

――プロフィールには〈ブラジルのシンガー・ソングライターの巨人達が、NHK「みんなのうた」的 ヴェクトルで作曲したらこんな感じなんじゃなかろうか〉というコンセプトがあったとありますね。

ケイタイモ「ブラジル的なアプローチでのプレイを勉強したいと思ったことが、ギターをやりはじめたきっかけだったので、必然的にそういう感じになりました。あと自分の音楽の原体験として、『みんなのうた』で矢野顕子が歌っていた“わたしのにゃんこ”という曲の存在がすごく大きいんです。ビークルをやっていたときに、〈ROCK IN JAPAN〉の楽屋エリアに矢野顕子が現れて、〈とうとう来た!〉と。〈BEAT CRUSADERSというバンドでキーボードを弾いているケイタイモと申します。“わたしのにゃんこ”を聴いて、音楽を始めたようなものなんです〉と興奮気味に熱い想いを伝えたら、〈どうでもいいけど、あんたその髪型どうしたの?〉と、全然取り合ってもらえなくて(笑)」

――矢野さんらしいエピソードですね(笑)。あとikanimoの音楽性でもうひとつキーになっているのが、ホーミーですよね。

ケイタイモ「ホーミーはMONG HANGの頃からやっていたんです。もう十何年も前ですけど、BoATのシングルに1曲だけ入れたこともあって、そのときのプロデューサーだったアイゴン(會田茂一)さんは事あるごとに凄かったと言ってくれるんですけど、それ以外は特別取り沙汰されることもなく(笑)。なので、どこか発表の場が欲しいなというのはずっと思っていました。WUJA BIN BINだと音を詰め込みすぎだけど、ikanimoだったら雰囲気的にもバッチリだなと。ただ、ホーミーは地声を出して、同時に倍音を出すんですけど、あんまり認知されてないから、知らないと倍音のほうに耳がいかなくて、イマイチ伝わりづらいんですよ。なので、こうして音源にしちゃえば、ちゃんと凄さが伝えられると思います」

 

 


ikanimoが矢野顕子なら、HEAVENLY BOYSはYMO

――もう一方のHEAVENLY BOYSは80年代感バリバリで、ikanimoとは180度違う方向性ですね。

ケイタイモ「ikanimoが矢野さんだとすると、HEAVENLY BOYSはイモ欽トリオなんだよね。こういうダサイ感じの80sものは、誰かがやりそうだと思っていたんだけど、福岡のモノラルセンスという衝撃的なユニットしか周りでは見当たらなかった。そこで、NARI(歌/テナー・サックス、HEAVENLY BOYSでの名義はバルボア)に〈実は80sみたいなのやりたいんだよね〉と話したのが始まりかな。ただ、NARIはSCAFULL KINGでTGMXくんの上ハモをやるときは凄く正確なんだけど、それまでメインの歌をやったことはなかったんです。で、誰か軸になるヴォーカルがいないかなと考えていたら、元ビークルの(カトウ)タロウ(歌/ギター、HEAVENLY BOYSでの名義はダコタレッド)がいたなと思って、彼がいると現場も楽しくなるし、やろうよと声を掛けました」

――もう1人、DJとしてクレジットされてるこばやしさんという人は何者なんでしょう?

ケイタイモ「一応、謎の構成作家ということにしているんですけど、太田プロ所属の火災報知器というコンビをやっている小林知之(コバ)という奴なんです。HEAVENLY BOYSでは、曲以外の部分のプロットも作り込みたいと思っているんですよね。若いロック・バンドのライヴなんかでよくある、すごく熱いMCをしているのに、自分のギターの音がデカすぎて何を言っているのか全然わかんないとか、高まっちゃってジャンプしたらケーブルが外れちゃったとか、そんななかでも心酔してるお客さんが少なからずいるとか、俺はそういう空間が大好きで(笑)。HEAVENLY BOYSでもそういう変な空間を作りたいと思っているんです。自分たちがモテていると勘違いしているダサイ奴らというコンセプトなんだけど、その面をコバにプロデュースしてもらおうと」

シゲ「いまのところ、そのコンセプトは全然伝わってないけどね(笑)。でも、コバは必要だと思いますよ。別ジャンルの人がなぜかいて、その1人がいることで幅が広がるということはありますからね」

――いまの□□□における(いとう)せいこうさんのような存在?

シゲ「いや、コバは僕のイメージでは南ちゃん(南波一海)なんですよ。個人的に、いまの□□□は音楽だけじゃない方向にどんどん行っていると思うから、もし南ちゃんがまだ□□□に残っていたらどうなっていたのかなと思うこともあって。そういう意味で、HEAVENLY BOYSにコバがいるのは1つの理想形だと思いますね」

南波一海が在籍していた時期の□□□の2008年のシングル“snowflake”
 

――音楽的に〈80年代のポップス〉と言っても広いですが、どのあたりのイメージがあったのでしょうか?

ケイタイモ「佇まいありきで始まっているんですけど、ホントはデペッシュ・モードみたいな、ちょっと暗い感じをやりたかったんです。黒を基調とした感じなんだけど、歌詞の内容は女々しいし、俯瞰して見てみるとダサイというのがやりたかった。でも曲を作っていくうちに、イギリスの暗い感じよりもアメリカの能天気な感じのほうが遺伝子に組み込まれているのか、出てくるものは思いのほかアッパーで、こんな感じになったんです」

デペッシュ・モードの87年作『Music For The Masses』収録曲“Behind The Wheel”
 

――「BEST HIT USA」育ちならではという感じがします(笑)。

藤井友信(MUSIC FROM THE MARS/惑レーベル主宰)「ど真ん中感があるよね。最近のバンドが80sっぽいのをやるとちょっと薄くなっちゃうというか、いまのグルーヴっぽくしちゃうことが多い。ホントはもっとカクカクしてスクエアなのに、ちょっとシャッフルっぽくしていたり。それでも良いんだけど(笑)」

ケイタイモ「やっぱり時代に合わせちゃうんだよね。ちょっと前に起こった80年代リヴァイヴァルも、良くも悪くも洗練されすぎているなと思った。今回は(ダサイ面をちゃんと再現したくて)当時のスネアの音をサンプリングして使っているんです」

――シゲさんは、2つの作品を聴いてどんな印象を持ちましたか?

シゲ「ikanimoは〈初めてアコギを持って歌ってみました〉ということが大前提にあって、歌詞も内省的でプライヴェートな感じだけど、HEAVENLY BOYSはすごくプロデュースされていて、楽器は持ってないし、振り付けもあるし、コテコテのエンターテインメントですよね。この2つは、ケイタイモの音楽性が二極化して生まれたものなんじゃないかな。ikanimoの歌詞に〈~ね〉という語尾が多いことが、すべてを表しているような気がする。ちょっと俯瞰した視点を持っているんだよね」

ケイタイモ「俺はこれまで作詞なんてしたことなかったし、わりとおっかなびっくりでやっているんです。ずっと続けている人には敵わないと思っているから、誤解を恐れずに言うと、結構いい加減というか。嘘はないと思うんだけど、読んでいる小説とかをモチーフに作っているし。でも、それがみんなに響いているんだとしたら、ラッキーだと思う。今後やっていくにあたって、変な色気は出さないほうがいいんだろうね」

シゲ「その色気を出してくるであろう、ikanimoの3枚目が楽しみだね。たぶんラッパーとかが参加していると思う。PSGのGAPPERあたりをフィーチャリングして、カオスを極めているかも(笑)。だから、いまがいちばんフレッシュで、何も気負ってない詞だと思うな。ただ、俺がいちばん気になったのは最終曲の“知らなくていい”で」

ケイタイモ「これはね、俺は高村薫が大好きで、〈合田雄一郎刑事シリーズ〉という傑作群があるんだけど、そのオマージュみたいな感じ」

シゲ「アルバムを最初から聴くとさ、最初の“イカニモ”で〈こういうユニークな感じなんだな〉という第一印象があり、“はいはい”とかも同じ流れで、“知ってるでしょ”では母親のことを歌っていたり。全体的にふんわかした感じのなかで、最終曲でいきなり〈二つの命が消えた〉と出てくるから、〈はっ?〉となった(笑)。最後に妙な緊張感が残る、その感じがすごく良いね。“知らなくていい”はタモリですよ(笑)」

――「世にも奇妙な物語」的な感じだと(笑)。

シゲ「HEAVENLY BOYSに関しては、7曲目の“ヘヴン”が良かった。ikanimoが矢野顕子なら、HEAVENLY BOYSはYMOだと思う。教授の曲か幸宏さんの曲かはわからないけど、“ヘヴン”は死生観的なことを歌っている気がして、エンタメのなかにそういうものがパッと出てくる感じが、ikanimoにおける“知らなくていい”に通じる気がした」

――シゲさんから〈二極化〉という話もありましたが、どちらの作品にしても、これまで以上にケイタイモさんのルーツが色濃く表れた作品で、アウトプットの仕方が異なるのも、ごく自然なことなんでしょうね。

ケイタイモ「俺も一昔前だったら、いろいろやるのはカッコ悪いというか、一本筋を通しているほうが正義みたいな感覚があったんだけど、いまの時代は途中で意見を変えるとSNSとかでやたらと叩かれるじゃないですか? 例えば政治家の言っていることが180度変わったら、そこには責任もあるし、叩かれて然るべきだとは思うけど、考えが変わること自体は本来普通ですよね。坂本竜馬だって、最初は攘夷だったのに、開国派に変わったわけだし。そういういま蔓延している空気感に嫌気が差した結果、自然発生的にこの2組が生まれたという感じなんですよ。もっと柔軟にいろんな形があって良いんじゃないか」

シゲ「この2つのユニットがほぼ同時に発生したことが、彼にとっては心地良かったんじゃないですかね。1つのことをずっと続けることが良しとされすぎていて、それ以外をやると叩かれてしまう世の中で、方向性が全然違うユニットが2つ同時に生まれて、〈どっちも自分の活動で良いじゃん〉という。俺もバランスを考えたがるタイプだし、こっちでこれをやったから、あっちではあれをやるというスタンスを貫くことで、そんな自分がいても良いんだという気持ちになれる。ケイタくんもそうなんじゃないかな」

藤井「いまだに世の中〈こうしなきゃいけない〉が多いじゃないですか? 〈不惑〉という言葉は年功序列のシステムと結び付いていて、40歳になったら迷うこともなくなるし、その年齢の人たちが言うことは正しいから、それに従いましょう〉みたいなニュアンスがあるんだけど、いざ自分たちが40歳になってみたら、まだめっちゃ迷ってんじゃん!というのがわかったし、でもそれで良いじゃない、ということが〈惑〉というレーベルの基本なんですよ。40歳になって弾き語りを始めたって全然良いし、死ぬまで惑って生きれば良いと思うんです」

――そういう意味では、ケイタイモさんが近いタイミングで方向性の全然違う2つのユニットを始めたということ自体、まさに〈惑〉を体現していると言えそうですね。

ケイタイモ「そうですよね。うん、素晴らしい着地じゃないですか(笑)」