篳篥(ひちりき)を中心に、日本の伝統音楽である雅楽の新たな魅力を再構築し、ジャンルの垣根を越えてシーンに新風を吹き込んできた雅楽師・東儀秀樹。多様なジャンルの名曲カヴァーを軸とする〈ヒチリキ・シリーズ〉の最新版となるニュー・アルバム『ヒチリキ・ラプソディ』でも、〈ラプソディ〉を合言葉に千年以上前の古典からロックの名曲、オリジナル楽曲まで幅広く取り揃えて、雅楽器のみならずピアノやギター、ベースなどでアレンジした独自の折衷スタイルを披露している。インタヴューでは新時代に和のこころと美しい風土を歌い継ぐこの雅な1作について紐解きながら、自身の音楽的な原点のひとつであるロック、プログレ愛も大いに語ってもらった。
自分はいままでずっと〈ラプソディ〉を追い求めていたんだと気付いた
――新作『ヒチリキ・ラプソディ』は“令和の始まり”という、まさにタイムリーなオリジナル楽曲で幕を開けますね。
「時代が令和になったからといって、自分の中で何かが大きく変わったりはしませんでしたが、新しい世界が待ち受けている高揚感みたいなものは感じました。だからこの曲も令和という新時代を迎えるにあたってなにか自分なりに思いを曲に残してみたいと思い、作ってみました。頑張って作曲したわけではなく、もうすぐ令和を迎えるという時にふっとひらめいて、2~3日で書き上げたものなんです。元々、あまり曲作りでは悩まないので、ピアノや五線譜を前に頭を抱えたりすることはないんです(笑)。いつも自然なひらめきが、そのまま曲になることが多い。そういうタイミングで曲が降りてくるのも何かの縁だと思っています。この曲も荘厳な雰囲気の中に、どこか日本人らしい優しさが表現できたらいいなと思いながら作りました。それは僕が〈令和〉という時代に込めた願いでもあります」
――前作『ヒチリキ・シネマ』(2018年)に前々作『Hichiriki Café』(2017年)、その前の『Hichiriki Christmas』(2016年)……と、近年は名曲カヴァーを中心とした〈ヒチリキ・シリーズ〉のリリースが続いています。
「自分で言うのも何ですが、ネーミングが素敵でしょ(笑)。漢字で〈篳篥〉と書くと読んでもらえないこともあるけれど、『hichiriki romance』(2014年)や『ヒチリキ・バラード』(2013年)にしても、語呂が良いから馴染みやすいと思うんです。この国で千年以上も前から継承されてきた世界に誇れる楽器なのに、日本人でもまだ知らない人がいるのはもったいない。さまざまなジャンルの名曲たちを雅楽の楽器を使って歌うことは僕にとって必然であり、とても楽しいこと。だから一人でも多くの方に興味を持って頂いて、一緒に音を楽しんで貰えたら嬉しいです」
――そして今回、シリーズに満を持して〈ラプソディ〉が登場しました。
「本当に、いままで何でこのタイトルにしなかったんだろうって思います。日本語で〈狂詩曲〉と訳される〈Rhapsody〉には、〈自由な形式で民族的な内容を表現した楽曲〉という意味があって、それはまさに僕が考える僕らしい音楽のイメージそのもの。もちろんいま〈ラプソディ〉といえば「ボヘミアン・ラプソディ」ですが、そのクイーンにしても中学生の頃から大好きだったバンドですし、ロックは自分の音楽の原点のひとつなんですよね。だから今回、自分はいままでずっと〈ラプソディ〉を追い求めていたんだと妙に納得したし、令和になったこのタイミングでこれまでの自分を改めて見つめ直す意味で、このアルバム・タイトルに決めました。決して巷のクイーン・ブームに便乗して調子付いているわけではないんです(笑)」
――これまでのご自身の音楽を集大成するキーワードが〈ラプソディ〉なのですね。それにしても、新作の内容が単なるクイーンの名曲カヴァー集ではないところが、とても東儀さんらしいと思いました。でも2曲を繋げた“Bohemian Rhapsody~I Was Born To Love You”は冒頭のコーラスからして素晴らしいので、他にもクイーンの曲を雅楽器にピアノやギター、ベース、シンセなどを加えた東儀さんならではのアレンジで聴いてみたくなります。
「ありがとうございます! “Bohemian Rhapsody”は、ピアノの前奏から〈♪Mama, just killed a man~〉で始めることも考えたのですが、やはり冒頭のコーラスから篳篥に歌わせることを、きっと皆さんも期待されるはずだと思ってチャレンジしました。それで改めて原曲を何度も聴き直してみたら、どうも篳篥だけでは難しいことがわかって、4度下のあたたかい音を出せる大篳篥を導入したらピタッとカヴァーできた。でもそれだけだと単に原曲をなぞるだけになってしまうので、もう少し不思議なテイストが出せないかと思って、龍笛をユニゾンで高い部分に入れ、さらには笙の音色で全体を包み込むことにしました。ですから雅楽器だけでも、かなり盛りだくさんになっています」
――そうやって音を重ねて作り込んでいく作業は、まさにクイーンですね!
「確かに。僕も彼らのああいうこだわりに凄く共感しているんですが、それを今回もこの曲でやれたのが感慨深い……。勝手にクイーンのメンバーになった気分です。しかも当時と比べるとテクノロジーが格段に進歩して、テープの劣化を心配せずに編集できる幸せ。さらには、僕の場合はピアノもベースもギターも自分ひとりで演奏して重ねるので、バンド内でのメンバー間の対立もなく自由自在……もう、楽しくてしょうがない」
――そして、“I Was Born To Love You”に繋がっていくのも絶妙です。
「“I Was Born To Love You”を選んだのは、この曲でのフレディ(・マーキュリー)の純粋さと精一杯の熱さが大好きだったので、自分も篳篥で演奏して天国の彼に捧げてみたくなったのと、ライヴでお客さんをガンガンのせながらこの曲をロング・トーンで吹きまくったら、さぞかし気持ちいいだろうなと思って。そういうステージを想像しながらノリノリでレコーディングしました。世の中にクイーン好きは沢山いると思うけど、こうやって自分の好きなようにアレンジして新しいサウンドをクリエイトできて、しかもそれをお客さんと共有できるなんて、自分は本当に恵まれ過ぎていると言わざるを得ませんね。改めていろんなものに感謝したくなりました」
ELPやピンク・フロイドのサウンドは雅楽に通じるものがある
――本当にクイーンがお好きだったのですね。ちなみに、中学時代はクイーンの他にどんな曲にハマっていましたか?
「ビートルズやレッド・ツェッペリンなど、子どもの頃からジャンルに関係なくいろんな音楽を楽しんでいましたが、中学の時にエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)のアルバム『展覧会の絵(Pictures At An Exhibition)』を聴いてプログレッシヴ・ロックに夢中になり、ELP以外ではピンク・フロイドにハマりましたね。彼らのサウンドの広がりや浮遊感は雅楽に通じるものがあると思っていて、古典雅楽と同じ感覚で聴いていました」
――新作でも古典雅楽の舞、舞楽の代表的な演目である“蘭陵王”がプログレっぽいアレンジで収録されているのが印象的でした。
「“蘭陵王”が宝塚歌劇団・花組のお芝居になった時にエンディング・テーマとして書いたものをアレンジし直したものです。メロディーは古典の旋律のままですが、ELPのキース・エマーソンがもしこの舞楽を編曲したらどうなるだろうってひとりで想像しながらアレンジを考えました……至福の時間でしたね」
――ご子息の東儀典親(愛称:ちっち)くんが作曲した、70年代プログレ風の楽曲も収録されていますね。
「息子は僕の影響で幼稚園の頃から70年代ロックが大好きになり、小学校6年生の時にはすっかりピンク・フロイドにハマっていました。ある日、僕がプレゼントした多重録音機に自分でピアノやドラム、ギターなどを弾いて録音して〈こんな曲出来たよ!〉って聴かせてくれたのが、今回の“大地の鼓動”という楽曲の原曲。篳篥や笙を加えて雅楽色を強くしましたが、ベーシックな部分は彼の作ったオリジナル音源のままで、彼の叩いたドラムや彼の引いたピアノをそのまま生かしました」
――“大地の鼓動”の次に収録された“明日の風”も、ちっちくんの作品だとか。
「これも6年生の時の作品で、〈いかにもパパが演奏しそうな曲が出来たよ〉って持ってきてくれたんですが、本当にそんな感じで驚きました。だから息子の作品としてではなく、誰よりも東儀秀樹のことをよく知っている若手作曲家の作品(笑)として、今回取り上げることにしました」
――音楽の趣味も合うし、とても仲の良い親子ですよね。
「僕は会社勤めではないしスタジオも自宅にあるから、基本的に公演で家を空けている以外はずっと一緒にいられるんです。同じ価値観を共有していて、お互いに何でも言い合える仲なので会話が絶えない。そんななかで、これまでにも彼からインスピレーションを得て曲が生まれることはありましたが、いまや息子がみずから書いて僕に提供してくれるようになったわけです。篳篥にも興味があると言うので渡してみたら、見よう見まねで音が出せるようになり、自分で録音した篳篥を加えて4ビートにした“枯葉”を披露してくれたり。……そのうち僕にとって代わるんじゃないかな(笑)」
――“内緒のプレゼント”という曲は、そんな東儀家の日常が垣間見える作品なのでは?
「そうですね。昨年のクリスマス・イヴに息子とふたりで妻のプレゼントを内緒で買いに出掛けたんですが、男だけで女性もののお店に入ったりいろいろお店を物色して〈どんなものがいいかな〉って相談して探している時間が凄く楽しかったんです。それに何と彼はその時、それとなく僕へのプレゼントまでしっかり選んでくれていたんです!」
〈みやび〉へのこだわり
――一方で、“光の心情”や“弘徽殿の宴”は「源氏物語」にまつわる曲ですよね。
「今回のアルバムはクイーンあり、プログレあり、ポップスありの充実した内容なので、もう少し古典雅楽調の楽曲も欲しいなと思って。これまで『源氏物語』とのコラボは舞台作品などでやってきましたが、いつも光源氏の〈孤独さ〉が気になっていたんです。何でもできるし手に入る最強のキャラクターのように思われているけれど、本当はいちばん寂しい人ですよね。“光の心情”はそんな光源氏のどうにもならない切なさを、彼の背後で何事もないように淡々と繰り広げられていく雅で上質な貴族の日常と合わせて描いたもの。そして“弘徽殿の宴”は、弘徽殿の高貴なプライドに敬意を払いつつ書いた曲。劇中ではまるで悪役のように扱われていますが、僕は彼女の気持ちにも正当性を感じるんです」
――平安時代の音楽は日本人にもあまり馴染みがないですが、この2曲からイメージが膨らみました。
「日本の伝統音楽というと尺八や箏曲などが一般的ですが、それらは室町以降のものなんです。雅楽に携わる者としてそのあたりは譲れないですね。僕も例えば江戸時代など近世を文化的に否定しているわけではないんです。ただ、〈みやび〉と〈わびさび〉や〈いき〉は違うことにきちんとこだわりたい。〈みやび〉は雅楽に任せていただきたいんです」
――そういった東儀さんのこだわりは“蘭陵王”の次に“納曽利急”が収録されていることからもわかります。
「そう。“納曽利急”も古典雅楽の代表的な舞の曲であり、“蘭陵王”とは対になっていて、続けて演奏されるのが慣わしなんです。もっとも、こちらも篳篥と高麗笛の旋律やリズムは古典のままで、伴奏だけをポップなバラード調にして“蘭陵王”のアグレッシヴなプログレ感と対になるような軽やかさを狙ってみました。この2曲の旋律が千年以上も昔のものだって信じられないでしょう?」
――東儀さんの真骨頂が発揮されていますよね。そして、ラストを締めくくる“夕なぎ”の優しさに癒やされます。
「これは、ファースト・アルバム『東儀秀樹』の収録曲なんです。デビュー当時は頻繁に演奏する定番曲でしたが、令和になったのを機に初心に戻って、あの頃の躍動感とか新しい世界に踏み込んで行くワクワクするような気持ちを思い出したくて再録音しました」
――新作のリリース後にスタートするcobaさんと古澤巌さんとのユニット・TFC55でのツアーは、3人が還暦を迎えるのを節目として今年が最後となるとか。ハワイ公演のJALパックによるスペシャルな旅行プラン企画も話題を呼んでいますね。
「いい意味で非日常を楽しむためのコンサートとして、素敵なフィナーレにしたいです。新作でのクイーンの曲などで3人がステージで盛り上がっている様子が目に浮かびます! ご期待下さい」
LIVE INFORMATION
東儀秀樹 x 古澤巌 x coba TFC全国ツアー 2019
8月10日(土)山梨・身曾岐神社 能楽殿(山梨)
8月24日(土)宮城・東京エレクトロンホール宮城(宮城県民会館)
8月25日(日)山形市民会館
8月31日(土)神奈川県民ホール
9月5日(木)東京・NHKホール
9月16日(月・祝)福島 とうほう・みんなの文化センター 大ホール(福島県文化センター)
9月20日(金)愛知県芸術劇場 コンサートホール
9月21日(土)NHK大阪ホール
9月22日(日)兵庫・多可町文化会館 ベルディーホール
10月20日(日)埼玉・大宮ソニックシティホール
11月2日(土)愛知・小牧市市民会館
11月3日(日)愛知・西尾市文化会館
11月8日(金)兵庫・神戸国際会館こくさいホール
11月12日(火)ハワイ・オアフ島 セントラルユニオン教会大聖堂 ※JALスペシャル・ツアーの予約はこちらから
11月27日(水)静岡・アクトシティ浜松 大ホール
12月6日(金)北海道・札幌文化芸術劇場 hitaru
12月9日(月)岡山市民会館
12月23日(月)大阪・新歌舞伎座
12月25日(水)静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ 中ホール・大地
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