J.Fernandes©The Trustees of the British Museum

北斎、暁斎と並べて紹介される「バガボンド」「さよならにっぽん」など、世界を魅了する日本の漫画70点が一挙集結!

 大英博物館で、日本外では最大の漫画の展覧会をやっている。その名も〈Mangaマンガ〉展と日本語がそのままタイトルだ。私はロンドンで文化の旅の企画やガイドをしているが、この展覧会にもお客様をご案内してきた。ここでは、行きたくても行けない皆さんに、現場の様子、日本の漫画展との違い、展示カタログからはわからないことをお伝えしようと思う。

 さすがイギリス、〈マンガ〉展の導入役は「不思議の国のアリス」。小さな穴のような会場入口。その脇で大友克洋描くアリスが覗きこみ、マンガの国へ一緒に行こうと誘う。通路では、ルイス・キャロルの兎が英国紳士服を脱ぎ捨て、長い耳にリボンをつけると、こうの史代の「ギガタウン」の兎に変身し、展示の水先案内人になる。

 イントロダクションでは、浮世絵との繋がりや制作道具の紹介の他、アルファベットの国ならではの導入がある。How to readだ。日本の本は右開き、西洋の本は左開き。日本語は上から下、アルファベットは左から右に書かれる。日本の漫画は西洋人の目を迷わせるのだ。渦巻き模様=超スピード、などの解読コードやコマ割りやその流れなど、〈こうの兎〉が読み方を教えてくれる。漫画を読み慣れたあなたも、漫画を読むにはリテラシーがいることに改めて気づかされる。

 プロダクションについてのコーナーもある。作り手を離れ、読み手に届くまでの重要なプロセスだ。集英社、講談社など大手会社の編集者やディレクターたちのインタヴュー映像が流れ、編集現場の写真が並んでいる。作品が世に出るには、漫画家とプロダクションとの絆は切り離せない。作り手がもっと自立している西洋からみれば、この関係も日本特有の社会を表しているし、日本のミュージアムではあまりとりあげない側面だろう。カタログでも、編集者や漫画家とのインタヴューに紙面を割いている。

 だが、展示とカタログの構成は次の章から少し違ってくる。それは役割の違いもあるが、展示という空間とカタログ=印刷本というメディアの違いによることも大きい。

 何より展示には原画がある。筆のタッチも、苦悩の跡も、修正の赤も、印刷された本にはない魅力がある。ファンにとったら、オリジナリティーからはオーラが溢れている。萩尾望都作品を見るために日本から来た方は、目をウルウルしていた。やはりこのために渡英したという漫画会社の経営者は、原画の数といい多様性といい、ここまで揃えたのはさすがだという。それは大英博物館の強みかもしれない。なぜなら、漫画家たちはここで展示してくれるならと、喜んで貸し出しただろうから。

 大英博物館のもう一つの強みであり、カタログでは表せない展示のよさは、当館が積み上げてきた素晴らしいコレクションとのコラボだ。今回の展示では伝統美術と現代の漫画を並べて展示した。例えば、北斎の「百物語」と杉浦日向子の「向日紅」、月岡芳年の「斎藤大八郎」と井上雄彦の「バガボンド」という具合。実物が隣り合わせに並んでいることで、テーマや表現方法など、現代の漫画家たちの表現の奥に過去から繋がる日本の技術や精神性があるのを自分の目で確認できる。

 外から距離をもってみるからこそ気づく日本もある。漫画が日本社会の日常に浸透している点だ。その特有の現象を、展示は本屋の様子、コミックマーケット、外務省のポスター、日本での漫画展、学びとしての漫画などを通して語る。その点についてカタログも一章を充てているが、展示は空間を利用し、さまざまな形態でみせてくれる。例えば、天井まで届くほどの大きな「進撃の巨人」のフィギュアや巨大な河鍋曉齋の歌舞伎の横断幕、コスプレの様子を写した大型映像。来館者が本棚から漫画を手にとって読めるコーナーやコスプレのコーナーもある。

 70点の作品と紹介する数も多いが、スポーツ、サイエンスフィクション、冒険、ボーイズラブなど、種類の豊かさも表している。一つだけ見当たらないジャンルがある。いわゆるエロ漫画だ。日本では無視できないほど流通しているのに、あえて取り上げないのは、あくまで、子どもに来てほしいからだ。大人のチケットは20ポンド(約2800円)だが、子どもはなんと16歳まで無料である。一方、カタログにはそのエロ漫画も含まれているが、それは、本ならばコントロールしやすいからだろう。数年前、この大英博物館で〈春画〉展が行われ、好評を博したが、その時は年齢制限があった。同展覧会を日本でも開催したいと大英博物館は国公立博物館にアプローチしたが、どこからも拒否されたという(最終的に永青文庫などで開催)。片や、日本ではコンビニエンスストアーでも、エロ漫画が手に入る(オリンピックに向けて規制されつつある)芸術概念を巡る社会認識にも日本とイギリスのズレがみてとれる。

J.Fernandes©The Trustees of the British Museum

 展示の最終章は、漫画が紙の形態を超えて、広がっていることを描く。例えば、赤塚不二夫の娘で英国在住アーティストの赤塚りえ子の巨大な彫刻作品(〈ギャハハ〉などの漫画文字が巨大な彫刻になったもの)などは、展示空間だからこそスケールが表せる。また、ポケモンなどゲームという形態でも世界を圧巻していることを示す展示もあり、子供たちが初期のポケモンを一生懸命みている。最後はスタジオジブリ制作アニメの巨大な映像でしめくくられる。アニメ映像の隣では、同じくらいの大画面で宮崎駿などスタッフのスタジオでの様子を映し出している。このように展示は漫画の未来を予感させるような語りで閉じている。

 ところで、〈マンガ〉展には、どんな人が来ているのだろう? 訪問前、わたしは子ども連れの家族や漫画アニメ・コスプレファンの10代の若者たちが圧倒的だろうと予想していた。イギリスでは漫画は子どもの読みものという認識が一般的だからだ。実際訪れてみると、確かにそのような若い層をたくさん見かけた。が、意外だったのは、40~60代の大人も少なくなかったことだ。彼らはなぜこの展覧会にきたのか? もちろん、漫画好きもいるはずだ。だが、それだけでもない気がする。イギリスには、浮世絵、工芸品、刀、茶文化、着物などの日本文化を愛する人びとがたくさんいる。大英博物館やヴィクトリア&アルバート美術館には、そういう伝統的なものをたくさん展示した日本の常設展示室がある。最近の日本観光ブームに乗って、日本を訪れた人もたくさんいるだろう。そういう人たちが、古代文明で世界的に有名な大英博物館が、本腰をいれてサブカルチャーである〈漫画〉を展示したこと自体に関心を寄せ、どのように展示したのか確かめたかったからではないだろうか。

 もうひとつ興味深いのは、この展示をみるためにわざわざロンドンに来た日本人が少なからずいること。彼らは、野田サトルの「ゴールデンカムイ」や中村光の「聖☆おにいさん」など、個別の漫画家のファンだったりする。見たい作品は展示の一部にすぎないですよと説明しても、それでもよいと、わざわざ渡英される。そして、そのコーナーに佇みながら、〈ああ、来てよかった〉とため息をつかれる。それは、自分の好きなものが、世界的に認めてもらえたこと、世界の人びとと共有できることの喜びなのかもしれない。

 展示最後は、カメラを構えた〈こうの兎〉が、来館者にレンズ内に入るように誘う。位置を定め、漫画エフェクトのコマを選び、自分でボタンを押すと、たちどころに漫画の登場人物のように写し出される。即座に映像化され、出口にある大画面で他の来館者たちの写真と一緒に映りこむ。カタログにはないもう一つの面白さは、こうして来館者が展示に参加できること、他者と〈マンガの国〉の体験を分かち合えることだろう。評論家からは賛否両論あるし、私自身も他所で否定的なことを書いたこともあるが、漫画というものを統括的に語り、来館者も参加できる、記念すべき展覧会だったと思う。

 


寄稿者プロフィール
吉荒夕記(Yuuki Yoshiara)

アートローグ主宰者、ライター、美学研究者。ロンドン大学で博士号を取得。現在、ロンドン で文化の旅の企画と歴史/美術史教室を事業の根幹とする〈アートローグ〉の代表。主著に「美術館とナショナルアイデンティティ」(玉川大学出版部)がある。2019年9月、「バンクシー:壊れかけの世界に愛を」を美術出版社より刊行予定。

 


EHIBITION INFORMATION

〈The Citi exhibition Manga マンガ〉
会期:5/23(木)~8/26(月)※会期中無休
時間:10:00~17:30(最終入場16:10)※金曜10:00~20:30(最終入場19:10)
会場:大英博物館
www.britishmuseum.org/whats_on/exhibitions/manga.aspx

展示作品一覧(抜粋)
CLAMP「不思議の国の美幸ちゃん」」/大友克洋「不思議の国のアリス」/東村アキコ「雪花の虎」/赤塚不二夫「ギャグほどステキな商売はない」/井上雄彦「バガボンド」/手塚治虫「メトロポリス」/鳥山明「ドラゴンボール」/武内直子「美少女戦士セーラームーン」/萩尾望都「ポーの一族」/高橋陽一「キャプテン翼」/中村光「聖☆おにいさん」/岸本斉史「NARUTO-ナルト-」/尾田栄一郎「ONE PIECE」/さいとう・たかを「ゴルゴ13」/松本零士「銀河鉄道999」/石ノ森章太郎「サイボーグ009」/諫山創「進撃の巨人」/末次由紀「ちはやふる」/よしながふみ「きのう何食べた?」/他