COLUMN

アンドリュー・ウェザオール(Andrew Weatherall)が逝去。UKダンス・カルチャーの魂となった偉人の歩み

Photo by Tadamasa Iguchi
 

UKダンス・カルチャーを支えてきたDJ/プロデューサーのアンドリュー・ウェザオールが、2月17日未明(イギリス時間)に逝去した。享年56歳。ウェザオールのマネジメントより以下のステイトメントが発表されている。

まことに残念なことに、著名なDJでありミュージシャンのアンドリュー・ウェザーオールが、2020年2月17日月曜日の早朝、ロンドンのホイップス・クロス病院で亡くなりました。 死因は肺塞栓症。 彼は病院で治療を受けていましたが、血栓が彼の心臓にまで届いてしまいました。 彼の死は穏やかで安らかでした。

We are deeply sorry to announce that Andrew Weatherall, the noted DJ and musician passed away in the early hours of this morning, Monday 17th February 2020, at Whipps Cross Hospital, London. The cause of death was a pulmonary embolism. He was being treated in hospital but unfortunately the blood clot reached his heart. His death was swift and peaceful.

ウェザオールは63年6月4日生まれ。ポスト・パンク期に青春時代を過ごした彼は、87年に音楽とサッカー、ファッションや社会問題などさまざまなイシューを取り上げたファンジン「Boys Own」を立ち上げた。やがて、同誌の制作メンバーでもあったテリー・ファーリーら生涯にわたる盟友とともに、80年代後半に火が着いたアシッド・ハウス・ムーヴメントにのめりこむようになる。そして、DJとしての活動やクラブ・イベントの開催を精力的に行っていくなかで、レーベル〈Boy's Own〉を90年に設立。ボカ・ジュニアーズとして2作の12インチを発表した。

ボカ・ジュニアーズの90年の楽曲“Raise(63 Steps To Heaven)ーRedskin Rock Mix”
 

90年代初頭のウェザオールを語るうえで、プライマル・スクリームの91年作『Screamadelica』への貢献は欠かせない。発端となったのは、プライマルが89年にリリースしたセカンド・アルバム『Primal Scream』収録のレイドバックしたロック・チューン”I'm Losing More Than I'll Ever Have”をウェザオールがリミックスしたこと。原曲のヴォーカルをほとんど使用せずに、ゴスペル・コーラスと高揚感に溢れたホーン、バレアリックなビートなどを重ね、オリジナルとまったく異なるサウンドに仕上げたものだ。同リミックスは、結果的にプライマルのメンバーたちを魅了。“Loaded”と名前を変えて90年にリリースされた。

プライマル・スクリームの90年の楽曲“Loaded”
 

ウェザオールはアルバム『Screamadelica』に参加し、8曲でプロデューサーとしてクレジットされている。セカンド・サマー・オブ・ラヴの象徴的な作品となった同作は、ウェザオールの名を広く知らしめた。また、この時期の彼はハッピー・マンデーズやニュー・オーダー、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインといった多くのバンドの楽曲をリミックス。日本でも多くのインディー・リスナーが、彼のサウンドを通じてダンス・カルチャーへの扉を開いた。

93年にはBoy's Ownを離れ(レーベルは〈Junior Boy's Own〉に改名)、新たなユニット、セイバーズ・オブ・パラダイスを始動。同グループのメンバーでもあった、レディオアクティヴマンことキース・テニスウッドと結成したトゥー・ローン・スウォーズメンと合わせて、ダブやポスト・パンク、アンビエントを採り入れたそのダンス・ミュージックは、ベース・ミュージック以降のタームにある現在のレフトフィールド・テクノの先駆けとしても聴けよう。

トゥー・ローン・スウォーズメンの96年作『Swimming Not Skimming』収録曲“Glide By Shooting”
 

DJとして音楽家として、ウェザオールは死の直前まで止まることがなかった。2006年には自身の名義での初EP『The Bullet Catcher's Apprentice』、2009年にはフル・アルバム『A Pox On The Pioneers』をリリース。そこで彼は、ロカビリーやロックンロール、クラウトロックといったダンス・ミュージック以前の彼のルーツを押し出していた。これらの作品はウェザオールのキャリアのなかでももっとも荒々しく獰猛なサウンドであり、ファット・ホワイト・ファミリー以降と言うべきいまのUKインディーの文脈からも再評価すべきように思う。

2006年のEP『The Bullet Catcher's Apprentice』収録曲“You Cant Do Disco Without A Strat”
 

2009年頃からは、BPM122を超えないパーティー〈A Love From Outer Space〉を立ち上げ、このイヴェントでスピンするための曲を作ることからスタートしたユニット、アスフォデルズを結成。2012年には同名義でのアルバム『Ruled By Passion, Destroyed By Lust』をリリースした。惜しくも遺作となったのは、2017年発表の『Qualia』。サイケデリックでトリッピーなサウンドは、ウェザオールの健在ぶりを示すものだった。また、たびたび来日公演も行っており、昨年8月には東京・表参道のVENTでオープン・トゥ・ラストのセットを披露していたことは記憶に新しい。

Photo by Tadamasa Iguchi
2012年の来日時の写真
 

今回の訃報を受けて、プライマル・スクリームケミカル・ブラザーズテリー・ファーリーといった親交の深い英アーティストはもちろん、曽我部恵一瀧見憲司XTALMAYURASHKAbeipanaといった多くの日本人アーティスト/DJも哀悼のコメントを寄せている。SNSを覗くと、セカンド・サマー・オブ・ラヴ直撃世代ではない20代のDJやリスナーからの言及も多く、いまなお変わらぬ影響力の大きさを窺える。

筆者にとってウェザオールは、パンクやインディー、オルタナティヴとクラブ・カルチャーが同じ血脈にあることへと常に立ち返らせてくれる存在であった。最後までアンダーグラウンドでいることを選び続け、みずからの音楽への愛情を裏切ることがなかった男。その早すぎる死に悲しみを感じずにはいられないが、いまは彼が天国で安らかに過ごすことを願う。これからも世界のどこかの小さなダンスフロアで、ウェザオールの魂は受け継がれていくのだろう。

Photo by Steve Gullick 
 
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