シンガー・ソングライター、朝日美穂が7年ぶりのフル・アルバム『島が見えたよ』をリリースした。本作には、楠均&千ヶ崎学という長年彼女を支えてきたリズム・セクションに加えて、エマーソン北村、西田修大、Babiらさまざまなゲスト・ミュージシャンが参加。フィジカルな演奏とエレクトロニクスを溶け合わせつつ、ジャズやクラシック、ブラジルなどさまざまなを音楽性を巧みに採り入れた、優美なポップソング集に仕上がっている。

今回、Mikikiではこの新作についての合評を掲載。朝日美穂のキャリアに精通している音楽ライターの吉本秀純、90年代後半の自身が多感な時期に朝日の音楽に出会い、近年ふたたび愛聴しているという音楽学の研究者、渡邊未帆の両氏に筆を執ってもらった。 *Mikiki編集部

朝日美穂 『島が見えたよ』 朝日蓄音(2020)

鋭敏な音楽センスは変わらずも、力みなく軽やかに羽ばたく
by 吉本秀純

97年にメジャー・デビューした直後くらいに朝日美穂に初めてインタビュー取材をしたときに、興味を持っている音楽家としてスクエアプッシャーの名前が彼女の口から挙がったことは、いまでもよく覚えている。少なくともJ-Popのフィールドで活躍する女性シンガー・ソングライターからそんな名前が挙がることは他では皆無だったし、翌年に出た初のアルバム『ONION』でさかな(Sakana)の楽曲“ロッキング・チェア”をカバーしていたことにも唸らされた。

とはいえ、基本的な音楽性はポップかつ朗らかであり、先鋭的なサウンド・プロダクションを取り入れた楽曲やソウルフルなグルーヴを放つナンバーもあれば、極めてシンプルなピアノ・バラードもある。リンダ・ルイスに例えたくなる天衣無縫にして柔軟性の高い歌声で、1曲ごとにかなり異なった音楽的アイデアが盛り込まれた楽曲群をスイスイと乗りこなしていく魅力は、子育て期間を経て7年ぶりに届けられた最新作『島が見えたよ』でも健在だ。

ハイエイタス・カイヨーテやノウアーからの影響を独自消化したシンセ・ファンクから、子供のピアノ・レッスンに付き合うなかでモーツァルトが幼少期に書いた舞曲に触発されたことで生まれ、ショーロ的なクラリネットの効かせ方も絶妙な“朝がくるよ”、地下鉄のアナウンスもSE的に挟みながら出勤中の焦燥感をブルージーになりすぎずに歌った“Wednesdayブルース”、多重録音アカペラな“スウィンギン・デイズ”などを収録。他にもブラジリアンありBabiが手掛けた室内楽アレンジもありで、言葉にして説明すると高密度だが、全体的には軽やかだ。

前作『ひつじ雲』(2013年)以降、子育てに翻弄されながら創作活動を続けてきた彼女の日常、成長していく息子への愛情に溢れた眼差しがリアルに曲の端々に反映されているのが微笑ましくもあり、これまでにない地に足の着いた力強さも感じさせる。サウンドの方向性としては、意外にも99年に発表されたメジャー2作目の『スリル・マーチ』(トータス『TNT』への返答とも呼べる傑作ながら、いまだに配信でも聴けないのは無念!)にもっとも近い気がするのだが、シリアスかつ内省的なムードを強めた当時とは真逆に、力みがなくナチュラルなのも興味深い。

曲の終盤で〈I Love You So…〉と控えめに歌い添える部分にグッとくる“ベーグルソング”、すでに息子がいつの日かひとり立ちする時まで見据えた“春が来た”と続く、鍵盤の弾き語りがメインでシンガー・ソングライターとしての非凡さをストレートに示すラストの2曲も秀逸。エレクトロニクスと生演奏の境界線がない音作りなどサウンド面での聴きどころは多いが、何よりもあらゆるシチュエーションで奮闘する〈ママさん〉たちの耳に留まり、これまでとはまた違った聴き手からの〈共感〉を集めてほしい。