社会も人生もいろいろなことがあったけれど、私は音楽を作り続ける――若い世代からの刺激と未知なる響きへの探求を重ねたニュー・アルバムで辿り着いた新しい場所とは?
90年代のオルタナティヴ・エラより、ソウルやR&Bを軸に、ダブやエレクトロニカ、アフリカ、ブラジル音楽など幅広い音楽を横断し、折衷性の高いユニークなソウル音楽を生み出してきた先駆的シンガー・ソングライターの朝日美穂。2000年以降はインディペンデントな活動に移行し、近年は仕事や育児と並行しながら、公私にわたってのパートナーである高橋健太郎によるプロデュースの下、制作やライヴを行い、2020年には前作『島が見えたよ』を7年ぶりに発表。その活動はマイペースであるが、このたびリリースされた5年ぶりのニュー・アルバム『フラミンゴ・コスモス』は、デビュー29年目の2025年においてなお着実に進化を続ける彼女の姿を映しながら、静かなる先鋭性を際立たせている。
「これまで続けてきた鍵盤での曲作りに飽きていたというか、手癖でやったり、想定通りに落ち着いてしまったりするのが嫌だなと感じていたんです。もしギターで作曲できるようになったら、ちょっと違った自分に出会えるんじゃないかという期待もあり、2023年にいままでたびたび挫折していたギターを習いに、イノトモさんのギター教室に通ったんです。でも、その後に乳がんの手術を受けたこともあって、今回は自分自身のギターを介した作品制作までに発展させることはできなかったんですけど、健太郎さんの助けを借りつつ、ギターを念頭に“幕開けのアルペジオ”を作ったり、“チョコレートコスモス”は鍵盤で作った曲を石井マサユキさんの手でギター・アレンジに変換していただいたりしました」。
昨年、乳がんの手術を経験し、自身の体調不良をバウンシーでポリリズミックなミニマル・ファンクへとユーモラスに昇華した“アンバランス・フラミンゴ”で幕を開ける本作。ギターの気配が感じられるモダン・ファンクネスを顕在化させた楽曲は、“Slient Pop”や“スローダウン”、“木枯らしのロンド”をはじめ、歌唱とラップをシームレスに行き来し、メロディーの自由度を高めている。
「ラップに関してはデビュー当時からすごくやりたかったんですけど、資質的にアグレッシヴな感じにはできないし、ストリート・カルチャーの背景もないから、自分には難しくてできないと思ってたんです。でも、DJみそしるとMCごはんの影響でラップを始めてみたら、子どもにウケたので、これでいいんだって。その後、ノーネームやタリオナ“タンク”ボールのような、ポエトリー・リーティング的なラップが自分には合うことがわかってきて、いまのスタイルに落ち着きました。私はK-Popも好きでよく聴いているんですけど、K-Popのアーティストは歌もラップも普通にできるし、自分も自然に歌とラップが同居するようになりました。私自身、いちばん変わったのは歌だと思っていて。そのきっかけは、コロナ禍の2021年からしばらく続けていたプライヴェート・スタジオでのライヴ配信が大きい。一緒にやるバンドのメンバーに迷惑がかけられないから、力を抜いた状態で安定して歌えるように一生懸命訓練したんですよ。以前より落ち着いて歌うためにあえてキーを抑えたり、年齢と共に歌のキーが低くなってきたりするなか、楽に歌うための体の使い方がわかってきたこともあると思います」。
ライヴ配信時のバンド・メンバーであるベースの千ヶ崎学、ドラムスの楠均を迎えたネオ・ソウル・マナーの“通り雨”と“世界を揺らし続けている”。この2曲に象徴されるように、繊細にして、力みが抜けた歌声が誘う表現の豊かな深みは音楽と共にあり続け、その未知なる響きを長年にわたって追い求めてきた者のみが到達しうる境地なのかもしれない。
「音楽ってすごく贅沢なものだと思うんですよ。しかも、特に売れているわけではないのに、ありがたいことに自分には音楽を続けられる環境があって、聴きに来てくれるお客さんもいて。だから、できるかぎり続けたいんですよね。そして、そのためには自分自身がフレッシュな気持ちでいないといけないし、新しい音楽を聴いていないと、私のなかから音楽は生まれないというか、私の曲が生まれるきっかけになるのは、いつも新しい世代の音楽に出会ったとき。そうやって自分自身を更新し続けていきたいなと思っていますね」。
『フラミンゴ・コスモス』で演奏したメンバーの参加作。
左から、ZABADAKの2025年作『Nine Tales』(ガーゴイル)、キンモクセイの2024年作『洋邦問わず』(グレースプロジェクト)、kiss the gamblerの2024年のミニ・アルバム『Relax!』(Hooman)
朝日美穂の作品。
左から、2020年作『島が見えたよ』、2013年作『ひつじ雲』(共に朝日蓄音)