「音楽がなければずっと孤独だったし、音楽は救いでした」と、彼女は語った。ミニ・アルバム『彼女がいなければ孤独だった』でこのたびメジャー・デビューを果たしたシンガー・ソングライター、西片梨帆。高校時代、ライブハウスに通う日々の情景を描いた“黒いエレキ”、恋人と江の島に行き、海がきれいだと感じた瞬間――それは彼女にとって、初めて感情が外に向いた瞬間でもあったという――を切り取った“片瀬”、〈人は出会ってきた人たちとの関わりのなかで作られていく〉というテーマで書かれた“元カノの成分”。まるで私小説のようなリアルさを感じさせる歌は、彼女の個人的な経験や思いに裏打ちされながらも、リスナー自身の感情を揺り動かす力を放っている。
「曲を作りはじめた頃は、自分の感情を保存するような感覚だったんです。自分と向き合って、どこまで深いところまでいけるか、どれだけ本当の心に近いものを書けるかは、いまも意識していますね。〈私小説みたい〉という感想は以前にも言われたことがあって、私もその通りだなと思います。ただ、大事なのはそれが実話かどうかではなくて、曲の説得力。聴いてくれる人にとって意味があって、情景が浮かんできたり、感情が動くことが大切なので」。
高校時代に勉強漬けの日々を送り、「はしゃいでるクラスメイトを見て、仲間に入りたいという気持ちもありつつ、〈私はあなたたちとは違う〉という自尊心みたいなものもありました」という葛藤を抱えていた西片は、石崎ひゅーいや大森靖子といった(本人の言葉を借りれば「いろんな方向から言葉が突き刺さってくる」)アーティストに刺激を受けながら、シンガー・ソングライターとしての活動をスタート。ただひたすら自分の孤独と向き合いながら曲を書くなかで訪れた転機は、大学時代に装丁家をめざしてデザインの学校へ通ったことだったという。
「デザインの基礎を学ぶことで、多角的にものを見られるようになって。それまでは自分としか向き合っていなかったんですけど、一気に視野が広がったんですよね。ただ、同時に〈私はクライアントがいて、モノを創ることはできない〉とも実感して。その後は曲だけじゃなく、小説を書いたり、ZINEを作ったり、本屋さんを借りてライブをやったり。とにかくやりたいことをやり続けて、いまに至ると言う感じですね」。
幅広い活動のなかで培ってきたクリエイティヴィティーは、本作『彼女がいなければ孤独だった』にも反映されている。中心にあるのはもちろん彼女自身の言葉と歌だが、ウッドベースと4つ打ちのリズムが絡み合う“23:12”、クラシカルなストリングスを大胆に導入した“元カノの成分”など、アレンジにおいても奔放な試みが採り入れられているのだ。
「弾き語りで作った曲ってポップなサウンドになりがちだけど、それだけじゃなくて、一味違うものにしたくて。アレンジをお願いしたゴンドウトモヒコさんに大枠を提示してもらって、細かくやり取りしながら作っていきました。ミックスやマスタリングにも意見させてもらったし、アルバムのジャケットのデザインも何度もやり取りして。申し訳ないなと思いつつ、自分の作品なんだから、気になることはちゃんと言わないと!と思ってました(笑)」。
他のミュージシャンやアレンジャーとの出会いによって「自分の音楽がさらに広がった」という彼女。生の感情を響かせるシンガー・ソングライター、そして、言葉、デザイン、映像などを扱うクリエイターとしての側面も持つ西片梨帆は今後、さらに自由にみずからの世界を創造していくことになりそうだ。
「今回の作品でいうと、 “黒いギター”“嫉妬しろよ”“元カノの成分”は10代の時に書いた曲で、それ以外はわりと最近作った曲で。昔の曲は全然カッコつけてなくて、すごく素直なんですよ。いまはもうちょっといろんなことを気にしながら作っていて。その両方をバランス良くやっていきたいですね」。
西片梨帆
千葉出身のシンガー・ソングライター。高校生だった2015年に梨帆として活動を開始し、〈出れんの!?サマソニ!?〉応募を経て〈SUMMER SONIC 2015〉に出演する。2017年にはシングル“青春は無色透明”を経て、初の全国流通盤『行けたら行くね』を自主リリース。2019年より名義を西片梨帆に改め、ZINE『夜の液体』の発表や、それを元に脚本を書き下ろした舞台の開催、書店でのライヴ企画など個性的な活動を通じて支持を広げていく。今年に入って1月にタワレコ渋谷店限定EP『切り取った世界は、僕らのもの』、4月に『海はビア』を発表し、このたびメジャー・デビュー作となるミニ・アルバム『彼女がいなければ孤独だった』(BETTER DAYS/コロムビア)をリリースしたばかり。