コラム

久保田翠『later』ポップで瀟洒な趣きの内に実験の快楽を忍ばせ、あなたの耳を心地よくハックする

Photo by MAYUKO UKAWA

異次元へとリンクする、瀟洒でクラシカルな音の群れ

 パッと聴くと、普通のクラシカルなピアノ音楽のように聴こえる。どこかアンビエント的で、洒落たカフェやギャラリーでのBGM使いも期待出来そうな、自作自演がメインの作品集だ。

久保田翠 『later』 ombrophone records(2020)

 しかしよく耳を傾けると、至る所に不自然でぎこちない箇所が現れる。久保田自身の筆によるライナーノーツによると、これは〈ドキュメンタリー〉だという。用意された楽譜には、無茶な仕掛けがあらかじめ仕組まれている。ピアノの2段組の五線譜、つまり大譜表を上下逆にしたり、あるいは進行順を逆にしたり、さらには罰ゲームのような運指番号の割り当てやぎくしゃくした強弱記号など――。よって一音の間違いも見せないクラシックの標準的な録音や、ポップ・ミュージックのクオンタイズされたMIDIトラックにはない、躊躇を感じさせる〈息遣い〉や〈間〉が露呈する。それは通常の現場では差し替えられるような、不完全なテイクだろう。しかし、あなたはその不完全な音の集合を、なんとか完成された全体として把握しようとする自分に気づく。すると作品を構想する作曲家の頭の中、そして演奏家の意識そのものと〈リンク〉するような瞬間が、どこかに出現する――。

 ジョン・ケージから派生したアメリカ実験音楽の作曲家たち、とりわけクリスチャン・ウォルフは、かつて図形楽譜を中心に実験を繰り広げた。伝統的な書法で書かれた五線譜を規定通り弾くという、定型的な図式を超えようとする挑戦だった。その実験と成果を、久保田は自身の中で吟味し、拾い上げている。

 昔の実験音楽にあったタナトス的衝動は見せない。途中で挟まれる2曲の声楽曲、アルバムタイトル曲の“later”や、谷川俊太郎作品に旋律を加えた“詩”は、クラシカルな美質があり飽きさせない。エンジニアにはオノ・セイゲンや鎌田岳彦らを迎え、あくまでポップで瀟洒な趣きを保っている。しかし、実験の快楽を内に忍ばせてもいて、いつの間にやらあなたの耳をハックするのだ――。

 


LIVE INFORMATION

久保田翠 オンライントーク&ライヴ
After Christmas, after "later"

○12/26(土)20:00~
聞き手:福田貴成(ombrophone records)
詳細は下記のombrophone records WEBサイトをご覧ください。
www.ombrophone.net

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