2020年を代表するヒット曲“香水”を含む、瑛人初となるファースト・フル・アルバムがリリースされる。タイトルは『すっからかん』。彼いわく〈すっからかんになるまで己のすべてを注ぎ込んだ作品〉とのことで、竹を割ったような性格の彼らしい、潔いタイトルだ。
新型コロナウイルスの世界的流行により音楽の在り方までもが一変し、音楽作品のリリースも減少。その結果、ヒット・ソングの少なかった2020年。そんな中で、全く無名の存在から大躍進を遂げたのが、この瑛人だろう(何せ“香水”リリース当時は事務所もレコード会社も無所属だったのだ)。
1997年、横浜生まれ・横浜育ちの23歳。野球少年だったが、友人のダンスで自分を表現している姿に刺激されてシンガー・ソングライターを目指し、音楽学校に入学。19歳から曲を書き始め、2019年、21歳の時に初めて“香水”を含むEPを配信リリース。この“香水”が、約1年後の2020年4月に動画SNSサービス・TikTokで中島颯太(FANTASTICS from EXILE TRIBE)にカヴァーされたことなどで一気に拡散され始め、一般のTikTokerはもちろんのこと、アーティストからアイドル、芸能人、お笑い芸人まで、あらゆる人たちがこの曲を「歌ってみた」とカヴァーして大きな話題になった。“香水”のミュージックビデオの再生回数は1億回を突破、各種配信サービスのランキングでも軒並み1位を獲得し、数か月前には無名の新人だった瑛人は2020年年末の「第71回NHK紅白歌合戦」にも出場。アメリカンドリームならぬSNSドリームを掴むことになる。
“香水”がノンプロモーションにも関わらず、ここまで爆発的人気を獲得した理由はいくつかある。近年流行の複雑で凝った楽曲とは真逆を行く基本的なコード進行と覚えやすいメロディー。瑛人の朴訥とした、しかし確実に聴く人の胸に響く声。そして何と言っても、〈君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ〉というサビのキラー・フレーズ。これらが合わさった〈誰でも思わず口ずさみたくなる曲(=口コミで広がりやすい曲)〉に、ちょうど〈おうち時間〉が重なり、カヴァー動画の制作・拡散がされやすい条件が揃ったのだ。
そんな2020年を代表するヒット曲“香水”を含む、瑛人初となるファースト・フル・アルバムが2021年1月1日にリリースされる。タイトルは『すっからかん』。彼いわく〈すっからかんになるまで己のすべてを注ぎ込んだ作品〉とのことで、竹を割ったような性格の彼らしい、潔いタイトルだ。
収録曲も、1曲目から“僕はバカ”と笑っちゃうぐらいにストレート。サウンド・プロデューサーに関口シンゴ(Ovall)を迎えたこの曲は、〈わかるでしょ 僕はバカ でも君に今恋してる〉と、やはり真っすぐすぎるくらいのラブソングで、ヒット・アーティストになってもカッコつけすぎない等身大の瑛人の姿勢が伺える。他にも、CMでもおなじみの陽気な“ライナウ”(あまりにヒットしすぎた“香水”MVのオマージュから始まるこの曲のMVは必見だ)や、“香水”のカップリング曲だった“またね feat. 松本千夏”のアルバム・ヴァージョン、“香水”の次に配信リリースされた人気曲“HIPHOPは歌えない”のアレンジと演奏に韻シストを迎えたヴァージョンなど、サウンドはカラフルだが、いずれも楽曲の軸にあるのは彼の真っすぐな歌声だ。
個人的に気になったのは、3曲目の“ハッピーになれよ”。レゲエ調ののほほんとした曲調だが、酒を飲んで暴れる父親と、それによって家を出ていく家族の悲しいエピソードがそこにはつづられている。瑛人は家族が出て行った家と父親のことを〈すっからかんの部屋を父ちゃんは どんな気持ちで見てたんだろう〉と表現。そう、アルバムタイトルの〈すっからかん〉がここにも登場するのだ。瑛人は自身のことを〈ただのピース野郎〉と表現するが、2年前までは幸せだった家族が突然離散しても、1年前までは無名だったシンガー・ソングライターが爆発的ヒットを飛ばしても、〈ハッピーになれよ〉と自分自身を貫く姿勢に〈ただのピース野郎〉ではないことが伺えるのだ。
他にも、今作のボーナストラックには、こちらもCMソングとしておなじみ、AIの楽曲のカヴァー“ハピネス”や、アルバム収録曲“チェスト”の独唱ヴァージョンも収録。DVD/Blu-rayには、今作のために撮り下ろされたスタジオ・セッション映像や、“香水”のミュージックビデオなどが収録されている。
2020年という未曽有の危機が訪れた年に、いつでも等身大で真っすぐに笑顔で歌い続け、それが結果的に社会現象を巻き起こしたこの瑛人という男。彼が〈すっからかん〉になった後、一体どこへ向かうのか、ちょっと気になってはきませんか?