2007年のデビュー以来、日本のポップ・シーンの最前線でエレガントかつ親しみやすい楽曲を作り、歌い続けてきた、シンガー・ソングライターの大橋トリオ。
彼が3月3日にリリースした新作『NEW WORLD』は、ジャズやソウルなどを基調とする洗練されたポップスとしての核をアコースティック楽器主体の温かなアレンジで包み込んだ、どこか懐かしく、しかしとびきり新鮮な聴き心地を持った一作だ。
そんな本作は、前作『This is music too』(2020年)に続いてエイベックス内のレーベル、A.S.A.Bからのリリースとなった。〈ミュージック・レーベル・コミュニティー〉という特異なスタンスを掲げ、2019年に創設されたA.S.A.Bでの活動は、大橋にどんな影響を与えているのだろう?
今回Mikikiは、A.S.A.Bとの関わりの中で大橋の新作『NEW WORLD』を捉えるべく、音楽ライターの柴那典に執筆を依頼した。本稿はA.S.A.Bと大橋トリオの関係だけに留まらず、より広くコミュニティーと音楽の関係一般を再考するきっかけにもなるだろう。 *Mikiki編集部
枯れない泉のようにインスピレーションが湧くアーティスト
大橋トリオがニュー・アルバム『NEW WORLD』をリリースした。
これが通算15枚目。メロウで心地よいグッド・ミュージックを届けてきた彼の、見逃せないもうひとつのポイントは、シンプルに〈多作〉であるということだ。活動10周年を迎えた2017年以降も『Blue』(2017年)、『STEREO』(2018年)、『THUNDERBIRD』(2019年)、『This is music too』(2020年)と、ほぼ1年に1枚のペースでアルバムを発表。キャリアを重ねて円熟の境地に入った今も着実にリリースを続けてきている。
きっと、彼がこれだけ旺盛な活動を繰り広げてきている理由は、枯れない泉のように次々とインスピレーションが湧く音楽家としての器の大きさにあるのだろう。ジャズ、ソウル、ファンク、AOR、ロック、フォーク、ポップスなど幅広いルーツを持つ彼。多彩なジャンルから絶妙にエッセンスを抽出して形にするサウンド・メイキングのセンスを持ち、マルチ・プレイヤーとしての腕前にも、シルキーな歌声にも唯一無二の響きがある。逆に言うと、そういう記名性の高い〈耳〉と〈腕〉と〈声〉を持っているから、アルバムごとに様々なテーマや方向性に取り組んだり、コラボレーションを行ったりしても、変わらずに一貫したテイストが生まれるのだろう。
新作は彼の基軸にもなっているジャズとアコースティック・サウンドに立ち返ったような一作。上白石萌音との心地よいハーモニーを響かせる“ミルクとシュガー duet with 上白石萌音”から、あたたかみのあるレトロな音色が彩る“Favorite Rendezvous”への冒頭の流れが印象的だ。
一方で、映像作家・写真家の柿本ケンサクが新型コロナウイルス感染拡大による自主隔離中に立ち上げたリモート短編映画プロジェクト〈+81FILM〉に提供された“Butterfly”や“Paradise”など、ホーン・セクションを配したソウル・ナンバーも光っている。マンドリンとストリングスが牽引する“LION”や、ピアノ一台によるバラード“何処かの街の君へ”など、アプローチは曲ごとに様々だが、全体的に室内楽的なトーンが漂っているのも大きな特徴だ。