PR
インタビュー

映画「すばらしき世界」を西川美和が語る――佐木隆三「身分帳」を基に役所広司主演で挑んだ初の原作もの

長年憧れていた名優、役所広司を迎えて。
社会からはみ出てしまう凶暴な社会的弱者に西川は何を見たのか?

 「ディア・ドクター」「永い言い訳」など、人間が持つ弱さや闇を、哀しさや可笑しさを交えながら描いてきた映画監督、西川美和。新作「すばらしき世界」は、佐木隆三の小説「身分帳」の映画化だ。殺人の罪で長い刑期を勤めて出所した三上は、感情を抑えることができず、喧嘩っ早くてトラブルを起こしてばかり。様々な人々と出会いながら人生の再出発を試みるが、そこには様々な試練が待ち受けていた。主人公の三上を演じたのは、長年、西川が憧れていた名優、役所広司。どんなにあがいても社会からはみ出てしまう凶暴な社会的弱者に西川は何を見たのか。新しいアプローチで新境地を切り拓いた新作について話を訊いた。

――本作は監督にとって初めて原作をもとにした映画です。小説「身分帳」のどんなところに惹かれたのでしょうか。

 「こういうテーマの話は他にはないなって思ったんです。犯罪者を描いた話はたくさんありますが、この物語は犯罪者が社会復帰していくために、毎日取るに足らないことを積み上げていく様子を描いている。そして、それがことごとく挫かれていくなかで喜びや悲しみがあるんです。こういうことをモチーフにした物語があるんだなっていう感動から、この映画の企画がスタートしたんです」

――脚色の段階で苦労はありました?

 「自分が脚本を書いた作品と違いがないように、リサーチには時間をかけました。原作に描かれているものを、すべて自分の血や肉にすることが必要だったんです。前作『永い言い訳』は自分に近い人物を描いていたので、今回はこれまでとは違った角度で物語を書いてみようと思いました。主人公の三上は、これまで私が書いてきた、ズルかったり、嘘つきだったりする男たちとは違って本当にまっすぐな性格です。そういう人物をどんな風に演出したらいいのか。これは難しいな、と思っていましたが、役所さんをキャスティングしたのが成功でした。役所さんは脚本から的確に役を掴んでくださっていて、スムースに三上を演じてくれたんです」

――監督から見て、役所さんの役者としての魅力はどんなところでしょう。

 「役所さんが出演された作品を拝見すると、どんな役もその人の実感として言葉が出てきているように感じるんですよね。そこまで落とし込むためにどんな準備をされているのか、それは私にはわからないのですが、お芝居のひとつひとつに感動させられる。派手なシーンより、静かなシーンにこそ役所さんの底力が発揮されているような気がします」

――この作品では役所さんの肉体の存在感も強烈に迫ってきますね。裸を見せるシーンが多かったですが、そこから荒んだ生活や孤独まで伝わってくるようでした。顔の表現力もすごかったですが、監督が特に印象に残った〈顔〉はありますか?

 「六角(精児)さんが演じるスーパーの店長とスーパーのバックヤードで対決するシーンが好きで。テレビに出られるかもしれない、と三上が嬉しそうに言うんですけど、そこで店長に『食い物にされるかもしれないから、考え直した方がいい』とたしなめられているうちに、だんだん表情が変わって店長に汚い言葉を浴びせかける。あの表情はすごかったですね」

――人懐っこい笑顔を浮かべていたかと思うと急に悪い目つきになる。あの変化はぞっとしますね。喧嘩っ早いけど純粋で不器用、という三上の任侠的キャラクターは日本人が好きそうなヒーロー像ですが、本作では三上の闇の部分を美化せずに描いています。

 「こういう人物を描く時、書き手は観客の気を引きたいばかりに、欠点をそぎ落としてしまうことがあるんです。そうすると普通のヒーローになってしまう。この物語の面白さは三上の人間性に魅力がある反面、ひどい目にあうだけの欠陥もあることを、きっちり描いているところなんです。だから、世間が三上に冷たい理由もよくわかる。そういう原作のフェアな部分は映画にも反映させたいと思っていました。三上を取り巻く一般の人たちも、温かい面と冷たい面、両面描くように心掛けたつもりです」

――両面あるのが人間ですもんね。そういえば監督は脚本を書く時には、いつも何か音楽を聴かれているそうですが、今回はどんな音楽を聴かれていたのでしょうか。

 「デヴィッド・ボウイの“スターマン”を聴いていました(笑)」

――それは意外ですね。どういったところが、この物語とフィットしたのでしょうか。

 「あの曲の躍動感や明るさが、三上という男の再出発にすごく合うと思ったんです。作品に合っているというより、作品を作っている自分の気持ちを鼓舞するという感じで聴いていましたね」

――刑務所から出て、再出発を決意した三上を待っていたのは果たして〈すばらしき世界〉だったのか。見終わった後、いろいろと考えさせられるタイトルですね。

 「皮肉にも取れるタイトルですけど、私はどちらかというとポジティヴに捉えているんです。三上は辛い目にもあったけど、刑務所を出ないと見られなかった美しいものも見たと思うんですよね」

――確かにそうですね。最後に登場する秋桜の花が、三上が出会った〈美しいもの〉を象徴している気がします。

 「この作品は色彩とか光がない世界から始まって、そこに少しずつ色が加わっていく。三上がこれまで過ごしてきた世界の対極にあるのが、秋桜の花の色だと思うんです。細い茎が風にあおられて倒れそうになりながら咲いている姿もイメージにぴったりで。皮肉と肯定の両面あるタイトルですが、このタイトルの意味を探しに劇場にお越し頂けたら嬉しいです」

 


西川美和(にしかわ・みわ)
映画監督。74年、広島県出身。オリジナル脚本・監督デビュー作「蛇イチゴ」(2002年)で第58回毎日映画コンクール脚本賞受賞。長編第二作「ゆれる」(2006年)は第59回カンヌ国際映画祭監督週刊に正式出品され国内で9ヶ月のロングラン上映に。続く「ディア・ドクター」(2009年)で第83回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位を獲得。その後「夢売るふたり」(2012年)、「永い言い訳」(2016年)とつづけてトロント国際映画祭に参加するなど海外へも進出。一方で小説やエッセイも多数執筆。直木賞候補となるなど高い評価を受けている。

 


CINEMA INFORMATION

映画「すばらしき世界」
監督・脚本: 西川美和
原案:「身分帳」佐木隆三著(講談社文庫刊)
音楽:林正樹
出演:役所広司/仲野太賀/六角精児/北村有起哉/白竜/キムラ緑子/長澤まさみ/安田成美/梶芽衣子/橋爪功
配給:ワーナー・ブラザース映画(2021年 日本 126分)
©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会
wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/
◎2021年2月11日(木・祝)全国公開

タグ
TOWER DOORS