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いま注目を集める新たな逸材、あぶらこぶ

あぶらこぶは、奈良県在住の現役高校生シンガー・ソングライター兼トラックメイカー。自身を〈がれーじばんだー〉と称する彼女がトラックメイクに用いるのは、やはりiPhoneアプリのGarageBand。独学で身につけたというGarageBandを使った楽曲制作方法はかなりの腕前で、その完成度の高さからSNSなどで早くから注目を集め、早耳のリスナーたちから評価されている。現在は、YouTubeやEggsを中心に精力的に楽曲を発表し、日本テレビ系音楽番組「バズリズム 02」内の〈これがバズるぞ 2021〉にランクイン、2021年のネクストブレイク候補として音楽業界だけでなく一般層からも大きな注目を集めている。

彼女の楽曲を聴いていると、すべての楽曲がGarageBandで作られていることを忘れてしまう。それはやはりトラックメイクの完成度の高さにもよるのだろう。そこには現在、国内外で人気を博す、ポップスやヒップホップなどの音楽的欠片がちりばめられている。しかし、それらのエッセンスをただ単純に取り入れるだけではなく、きちんとあぶらこぶのサウンド、楽曲として独立したものに仕上げている。現役高校生がそんなグッド・ミュージックを生み出せるということが本当に驚きだ。

また、トラックやメロディーはもちろんだが、あぶらこぶの魅力は、歌詞にもあると筆者は思う。では、その魅力は一体なんなのだろうか。まずは2020年7月にタワーレコードの一部店舗限定で発売されたミニ・アルバム『tumbler』に収録される4曲の中から厳選して振り返っていこうと思う。

まずは紹介するのは表題曲である“tumbler”だ。この曲は明るいメロディーが特徴的なピアノ・ポップだが、歌詞はどこか日常に抱く悩みをピュアに表現しているように聴こえる。この楽曲のタイトルをなぜ〈タンブラー〉にしたのか、サビで分かるのだが、この歌詞がかなり秀逸。〈僕の心が/じわり溶け出して/悲しみの雫になる前に〉〈君はタンブラー/僕のタンブラーになって/その心永遠に温めて〉というタンブラーを感情の受け皿にするあたりに彼女の感性の高さがうかがえると思う。

次に紹介するのが3曲目の“homing”。他の収録曲とは表情が異なる軽快なビートが特徴的なこの楽曲は、幸せを願い、明るい未来を予見しているかのようなビートとは裏腹に、歌詞には〈小さな/小さな幸せは/誰とも共有できないまま/爆ぜた夕暮れに溶けた〉とある。Homingとは本来〈家に帰る〉という意味があるのだが、この楽曲では、自分の居場所を求め、帰る場所を探しているような切ない感情を含ませているように感じる。

彼女の内に秘めた感情を素直に吐き出した言葉の羅列は、散文的でありながらもキャッチーで、すんなりとリスナーの心の内側へ入ってくるのだ。20代後半の筆者でもこう思うのだから、彼女と同年代の人にはもっと心に刺さるはず。またストレートな言葉や感情――それは憂鬱な感情しかり、現在の世の中に抱いている複雑な感情しかり――をうまくポップ・サウンドに乗せている点もリスナーを共感させる一翼を担っているのではないだろうか。そしてそれらを歌い上げる特徴的な声も魅力のひとつ。ハスキーかつクールな声は、彼女の繊細さを表すのに相応しいように思えるのだ。

 

〈鬱屈した日常や、眠れない夜から、少しだけ解放してくれる音楽〉

そして、3月17日にリリースされたミニ・アルバム『navel』についても紐解いていこう。リード曲である“花になる”は春らしいキャッチーなサウンドが特徴的ではあるが、やはり歌詞が秀逸で、ありふれた言葉や感情を植物に例えて、タイトルのように花になっていく様を表現したような楽曲だ。〈最初の最初の第一歩〉や〈ふわりふわりと落ちてゆく〉など言葉選びが実にシンプルで耳なじみのよいフレーズは彼女の若さと等身大さを表現しているように思える。

2曲目の“春眠”での歌詞のストーリー性とセンチメタルな情景を想起させる3拍子のメロディーは、圧巻としか言いようがない。3曲目の“Think over”は今すぐにでもドラマの主題歌に抜擢されてもおかしくないようなポップなメロディーと、どこか浮遊感のあるサウンドが魅力的な楽曲。〈私はこうだよって/一言に無駄な不安感が募った/今思えばもう来ないような一日〉などのフレーズは、同年代のリスナーに刺さること間違いなしだ。

4曲目の“宇宙船”ではクラップの入った疾走感のある楽曲を軽快なテンポで歌い上げる。個人的には冒頭の〈あなたの作った世界では/みんな笑ってた〉というフレーズから現在の混沌とした世界へのアンチテーゼを感じ、これが10代の彼女がいま抱く素直な言葉のように思えたのだ。そして5曲目の“儚砂”は儚い思いを切なく歌うバラード。この楽曲は彼女の異なる一面を垣間見ることができるもので、グロッケンのような音と鍵盤の音が相まってとても優しい楽曲に昇華されている。個人的にはメロディーと〈僕は君の溜息になってしまったよ〉というフレーズがこの楽曲の儚い感情、優しさを助長させているように思う。

その儚さと優しさに浸っていると6曲目“あお”の軽快なビートで彼女本来の世界観へと引き戻される。〈青〉という色にさまざまな感情を投影した歌詞は聴けば聴くほど表情を変える。自分自身の内に秘めた〈青色〉を見つけながら聴くことでより一層、この楽曲を楽しめる気がする。アルバムを通して思うことはとてもヴァラエティーに富んだ1枚を完成させたなということ。

またこれも個人的な感想だが……彼女のTwitterを覗いたときにハヌマーンの“トラベルプランナー”を〈ずっと好きな曲、初めて聴いたとき自分のもやもやを全部言葉にしてくれた気がした。〉という趣旨のツイートを目にした。〈どこが似てるんだよ〉とツッコミをされてしまうかもしれないが、あぶらこぶの歌詞にはどこかハヌマーンの山田亮一に通ずるものを筆者は感じるのだ。それは鬱屈した日常を言葉にしているからなのか、言葉選びのセンスによるものなのか、分からないが……。

〈Z世代〉と呼ばれる若い世代のアーティストが台頭し、活躍する現在の音楽シーン。本稿で紹介したアーティストがきっと2021年以降の音楽シーンを形成していくことは間違いないが、さらに次の世代にはきっと、あぶらこぶも名を連ねるだろう。彼女は今後どんどん成長し、生み出す音楽のレベルも上がっていくはずだ。歳を重ねるごとに歌詞も鋭くなっていくことだろう。これからあぶらこぶがどんな言葉、どんなビートを用いて楽曲を発表していくのか期待していきたいと思う。またひとり、注目のアーティストが現れた音楽シーン。皆さんもぜひ、これを機に〈がれーじばんだー〉あぶらこぶの1曲、1曲をじっくり堪能してほしい。