日本の近代を駆け抜けた渋沢栄一。
その生涯を描く「青天を衝け」の音楽にも新しい息吹が
この2月14日にスタートしたNHKの大河ドラマ「青天を衝(つ)け」は〈日本資本主義の父〉と呼ばれ、新1万円札の肖像となることも話題となっている渋沢栄一(1840~1931)を主人公に、激動の幕末から新時代である明治、大正、昭和を貫いて描く作品である。その音楽を担当しているのが佐藤直紀。これまでNHKでは土曜ドラマ「ハゲタカ」、連続テレビ小説「カーネーション」、大河ファンタジー「精霊の守り人」などの音楽を担当しており、大河ドラマとしては「龍馬伝」(2010年)以来となる。
「その『龍馬伝』ですが、音楽を担当しないかという話が来た時にとても迷った記憶があります。というのも、大河ドラマの音楽には風格というものが必要だと思っていたからです。そして大河ドラマの音楽を担当する作曲家は、岩代太郎さんにしろ、小六禮次郎先生にしろ、すでに大家として名を成している先輩方が音楽を担当するというイメージが強かった。『龍馬伝』の時は、ちょうど40歳を迎えるころで、僕自身は大河ドラマを担当するような王道を行く作曲家ではないと思っていたし、僕が担当することが良いのかどうか迷っていたのです。『ハゲタカ』で一緒に仕事をさせて頂いていた大友啓史監督から直接に音楽の依頼を受けました。大友さんいわく『これまでにない大河ドラマにしたい。音楽もこれまでとは違うイメージで書いて欲しい』ということだったので、それなら僕がやる意味もあるだろうと思い、引き受けたのです」
と、佐藤は当時の想いを語る。
「大河ドラマの音楽の依頼が来たから、〈はい、やります!〉とは即決できない。とても有り難いお話ではあるけれど、今回もやはり迷いました。1年間のドラマというのはとても制作期間も長く、様々なシーンに対応する為に膨大な曲数とあらゆる曲想の音楽を必要とされます。そうすると、書けば書くほど、どうしても自分の持っている音の世界が薄まるような気がしてしまうのです。それでは僕が音楽を書いている意味が無くなってしまう。そのあたりの悩みというものは常に抱えながら、作品に向き合っています」
エピソードが豊富な坂本龍馬に較べ、「青天を衝け」の渋沢栄一の真の姿は一般的にはあまり知られていないだろう。
「だからこそ新しい視点でドラマが描けて、音楽もドラマの展開に合わせて新しい試みができる。その点で渋沢栄一という人物はとても面白いと思いました。渋沢栄一を演じている吉沢亮さんにもお目にかかりましたが、非常にフレッシュな方で、自分の中で迷っていた気持ちがすっと無くなるという不思議な経験をしました。ここ数年とは違った傾向の大河ドラマの音楽を作れるのでは、と期待しつつ作曲をしています」
そのフレッシュなイメージは、すでに「青天を衝け」をご覧になった方も感じているのではないだろうか。特にドラマ冒頭に流れるテーマ曲は、これまでの大河ドラマの重厚なものとは違い、豊かな自然や、その中で育った人の純粋な想いを感じさせる。
「テーマ曲に関して言えば、これまでの大河のテーマ曲と違ったものをあえて意図的に書くということではなくて、作品と登場人物に寄り添った音楽にしたいという気持ちがありました」
と、佐藤。今回リリースされた「青天を衝け」の「オリジナル・サウンドトラック1」のライナーノートの中で、佐藤は以下のようにテーマ曲を紹介している。〈木管は鳥の囀り、1st Violinは風、2nd Violinは小川、Harpは舞い落ちる木の葉、低音の大きなフレーズは利根川と神社の神木。その後、地を発った渋沢栄一が願う日本の希望へと展開していく(後略)〉

「約1年にわたりドラマを見て頂く視聴者に向けて、渋沢栄一という人はこういう想いを抱いて生きていたのだよ、ということが音楽を通してだんだん染み渡って行けば良いのかなと思います。そういう意味では〈即効性〉のない曲かもしれません。最初に『ジャ、ジャ、ジャーン』と圧倒して、惹き付けるというタイプの音楽ではありません。ひょっとしたら物足りない方もいらっしゃるのかもしれませんが(笑)、長く見続けて下さる方に染み渡って来る曲になってくれたら、と思って書きました」
そのテーマ曲だが、尾高忠明指揮によるNHK交響楽団が演奏している。実は指揮の尾高忠明は渋沢栄一の曾孫にあたる(栄一の娘・文子が尾高次郎に嫁ぎ、ふたりの四男・尚忠が作曲家・指揮者となった。その尚忠の息子が尾高忠明である)。子沢山の栄一だからこそ繋がった不思議な縁と言えるかもしれない。
「テーマ曲は渋沢栄一の思う日本の未来とか、希望がキーコンセプトになっているのですが、尾高さんは本当にその意図をよく理解して下さって、演奏の中にそうした想いを込めて下さったと感謝しています。北風と太陽の喩えで言えば、太陽のような、優しく照らすイメージの音楽にしたいとプロデューサー、監督、音響デザイナーの方と話していたのですが、まさにそういう演奏です」
テーマ曲の長さは2分50秒ほどだと言うが、その中に実にたくさんの想いが込められていることを知って聴くと、音楽がさらに広がりを持って聴こえるだろう。
大河ドラマでは、テーマ曲だけでなく、番組の最後にドラマゆかりの地を紹介する〈紀行〉の部分の音楽もよく話題となる。今回の『サウンドトラック1』にはバンドネオン奏者の三浦一馬が演奏する〈紀行1〉の音楽が収録されている。2021年はアルゼンチンタンゴの巨匠アストル・ピアソラの生誕100年でもあり、まさにバンドネオンの音色は今年を象徴するとも言える。
「実は、僕は民族音楽の楽器を使うのがとても好きで、サウンドトラックの中にも様々な民族音楽の楽器を使っています。それらの中でもバンドネオンという楽器はとても不思議な音色を持っていると思います。あえて言うならば、バンドネオンは完成していない楽器で、その未完成な音色が魅力だと思うのですが、それがドラマの最初の舞台となる血洗島の風景にフィットするような気がしました。これから前に進もうとする若き栄一の姿にバンドネオンの音色を重ねて聴いて頂ければ嬉しいです」
今回のドラマ制作、音楽制作は新型コロナウイルスの流行下での作業となって、これまでとは違う部分も多いようだ。テーマ曲の収録もいつもより大きなスタジオで、演奏家のディスタンスを確保しながら行われたと言う。
「確かに新型コロナの影響はあるものの、ドラマ制作も音楽制作もそれを言い訳にせずに、より高いクォリティーを目指しています。こういう時代だからこそできるドラマ作り。それはテレビ画面を通してご覧になる視聴者の方に伝わると信じています」
と、佐藤は語る。必ずしも順風満帆ではなかったけれど、それでも希望を失わずに進んだ渋沢栄一の姿は、まさにこの時代にふさわしいヒーロー像なのかもしれない。

佐藤直紀 (Naoki Satou)
89年東京音楽大学作曲科に入学し、93年同大学を卒業後、映画、ドラマ、CM、イベント等、さまざまな音楽分野で幅広く活躍する。2006年「ALWAYS 三丁目の夕日」が、日本アカデミー賞の最優秀音楽賞を受賞。
TV INFORMATION
2021年 大河ドラマ 青天を衝け
NHK 総合 日曜日 20:00~
NHK BSP・BS4K 日曜日 18:00~
〈再放送〉NHK 総合 土曜日 13:05~
www.nhk.or.jp/seiten/
EXHIBITION INFORMATION
NHK大河ドラマ特別展
青天を衝け 渋沢栄一のまなざし
埼玉県立歴史と民俗の博物館(さいたま市大宮区高鼻町4-219)
開催中~5月16日(日)9:00~16:30(観覧受付は16時まで)
休館日:月曜日
saitama-rekimin.spec.ed.jp/