紆余曲折を経て爆誕した永遠の82歳が、多彩なボカロPたちと作り上げた活動10周年記念作。圧倒的な歌声に込められたその生き様と哲学とは──?

 どこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている。ボーカロイド楽曲をカヴァーする歌い手のシーンで最高レヴェルの歌唱力と人気を誇る島爺が、めでたく活動10周年&メジャー・デビュー5周年を迎えた。一度は音楽を諦めた男がふたたび夢を掴む、誰もがうらやむサクセス・ストーリーの主人公だが、本人はいたって謙虚そのもの。爺マスクを外した温和な素顔の口から出るのは〈感謝〉の二文字だ。

 「この10年はむちゃくちゃ速かったです。もともと歌い手活動を始める前はバンドをやっていて、挫折して、完全に辞めたんですね。でもせっかくがんばって歌ってきたし、〈歌ってみた〉だったらできるかな?ということで、完全に趣味で歌いはじめた。メジャー・デビューも〈思い出作りとして〉ということだったんですけど、1作目をリスナーさんがいっぱい買ってくれて、そのおかげで2枚目を出せるんだという感覚だったし、ありがたいなと思いながらずっと続いていますね」。

島爺 『御ノ字』 ワーナー(2021)

 そんな島爺のアニヴァーサリーを祝う5作目『御ノ字』には、今をときめく人気ボカロPが大集合。ナナホシ管弦楽団、柊キライ、煮ル果実、薄塩指数、ピノキオピー、ジミーサムP、堀江晶太(kemu)が提供した楽曲に、大型タイアップ2曲を加えた全9曲は、コンパクトだが実にカラフル。濃厚な味わいだ。

 「今までにやったことのないことをやってみたくて、いろんなボカロPさんにお願いすることにしました。人選の理由は〈僕がこのタイミングで歌わせていただきたい人たち〉というだけで、例えばジミーサムPさんやkemuさんはお会いしたことがないですし、煮ル果実さんの曲も今まで1曲も歌ったことがないんですよ。だけど〈すごい人がおる〉と思ってずっと注目していたので、このタイミングや!と思ってお声掛けさせていただきました」。

 冒頭を飾る“逆光”は、痛快なメロディック・パンク。続く“ベンジェンス”は、尖った音色の電子ロック。そして“しゅらんぼん”は、毒気の効いたファンク/ダンス・チューン。ボカロ・ネイティヴ世代のポップセンスの品評会のような、キャッチーで個性的な曲がズラリと揃った。

 「音楽のジャンルということに関しては、僕の好みは良くも悪くも一般人に近い感覚やと思うんですよ。ファンクならファンクを突き詰めるタイプではなくライト・リスナーで、いろんなものを幅広く聴いて全部いいなぁと思う感じ。今回はそれが顕著に出たんじゃないかな?と思いますし、〈好きなように作ってください〉と言っただけなのに、見事にバラバラになりましたね。本当に色鮮やかなアルバムで、何回聴いても飽きない作品になったと思います」。

 アルバムは島爺書下ろしの壮大なロック・バラード“不可避”でピークを迎え、ナナホシ管弦楽団によるダンサブルなロック・チューン“カラクリズム”を経て、 “花咲か”で希望の未来を示唆して幕を閉じる。“花咲か”は、島爺が自身の生き様を歌詞に込めた、これからの活動の起点になるような大切な曲だ。

 「“花咲か”は、僕を〈花咲か爺さん〉になぞらえて、〈枯れ木に花を咲かせてみんなを元気付けるからがんばろうぜ〉という曲にしようと思っていたんですけど、〈花咲か爺さん〉のお話を読むと、花を咲かせる力があるのは燃やされた臼が灰になったもので、爺さん自身は何も特殊能力は持っていない。それがボカロPさんの曲を歌わせてもらっている僕とオーバーラップして、〈特殊能力は持ってない〉という僕のなかの空虚感もきちんと描けたと思います。そのうえで〈きっと咲かそうが枯らそうが同じだと/お前を道連れに〉というフレーズは、僕が花を咲かせようが、咲かせなくなろうが、結局は同じことで、〈どうせなら君らを道連れにして死ぬまで生きましょか〉というようなニュアンスを込めました。今の時代に生きていて、悩みや不安のない人はいないでしょうし、だから、僕が抱えている不安をそのまま出したら共感に繋がるんじゃないかな、と。これからも僕は僕で好きな歌を歌っていたらええんかな?と思いますね。自分なりに哲学を持って活動しているので、そこに共鳴していただけると嬉しいなと思います」。

 聴き終えたあとにゆっくりと沁みてくるメッセージ性と、熱血の裏側に繊細な情緒を潜ませたヴォーカルが、聴くほどにクセになる。島爺の歌は強い、深い、そして優しい。

島爺の作品。
左から、2016年作『冥土ノ土産』、2017年作『孫ノ手』、2019年作『三途ノ川』、2020年作『挙句ノ果』(すべてワーナー)