なぜヒッピーが生まれたのか、半世紀前の本が今翻訳される意味
ヒッピーという単語を耳にしたことがない人はいないだろう。そしてほとんどは、なんらかのイメージ(風体や関連事象)を連想できるはずだ。長髪、マリファナ、サイケ・ロック、ピース・サイン、インド放浪、集団生活などなど。私のような年配の日本人の場合、〈アッと驚く為五郎〉のハナ肇とかモップスなどの変種を思い出す人もいるだろうし、はたまたフーテンの寅さんにまで話を飛躍させる人もいるかもしれない。共通した抽象的イメージは、社会システムからの逸脱者、ということになろうか。いずれにしても、誰もがなんとなくは知っている。しかし、本物のヒッピーがどういう環境や時代状況下で生まれたのか、そこには歴史的社会的にどのような存在意義があったのかということを正確に理解している者は少ないはずだ。故スティーヴ・ジョブスに象徴される現在のコンピュータ文化は根っこでヒッピー文化とつながっているし、近年の環境保護運動やLGBT、ブラック・ライヴズ・マターなども地続きである。つまりそれは、過去の文化的風物のひとつとして切断できるものではなく、今現在の我々とも確かにつながっている。ヒッピーを識り、考え、語ることは、間違いなく未来にもつながるのだ。だからこそ、70年に書かれたこの本も今こうして翻訳版が出たのである。
本書は、社会心理学者/文化人類学者の女性(1911-2001)が、66年秋から67年秋までの1年間、ヒッピー文化の総本山たるサンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区でこの新しい若者文化の盛衰を観察した詳細な記録である。しかし味気ない観察メモなどではない。年配の部外者としてではなく、渦中に積極的に飛び込み、主体的に行動し、服装までも変えていった視線の底流には一貫してヒッピー文化に対する強いシンパシーと希望が流れており、そのたたずまいは時に姉や母のようでもある。いつの時代も変わらぬ行政府の間抜けさ、セックス解放やドラッグ使用の背景、ヴェトナム戦争の脅威、北米先住民や黒人の文化との思想的関係、グレイトフル・デッドなどロック音楽との相互影響など、様々な角度から当時の現場状況が語られているが、〈森の哲学者〉ヘンリー・ソローや個人の尊重を説く超越主義者ブロンソン・オルコットといった19世紀の改革者たちから続く精神的血脈の重要性に随時触れつつ、米国の歴史全体も俯瞰されている。この文化大革命が70年代以降はどのように変容し、引き継がれていったのか……読者はきっと各自、別の書物で調べたくなるはずだ。「生命あるものと真っすぐに触れ合うこと」「社会を変えるよりもまず自分を変えること」を目指した〈無邪気な生き物〉としてのオリジナル・ヒッピーたちのリアルな姿がまぶしい。